『きんしんかん:性加害のニワトリとたまご』

ある本がきっかけで、逃げるように東京に移住した日系アメリカ人の斎氣心。初めて心を開ける人に出逢うも、彼にDVをしてしまう。確執が長年ある母親のような自分に絶望した。原因は、母の「躾(暴力)」と女性ホルモンだと考え、低容量ピルYAZを服用したが、副作用で臨死した。古今東西の代替医療による精神治療を試行錯誤する中、幼児期に父親から受け始めた猥褻を自覚する。それでも問題が雪だるま化するため、両親に虐待の事実を問いただした。しかし己の被害を自他に明示できた瞬間、自分もきょうだいに性的加害をしていた記憶が蘇り...

【4】できたこと

朝ごはんはお粥に太ネギを入れていただいた。昨日OKストアで買った兵庫県富岡市の白ネギで、パッケージに記載通りトロトロで美味しかった。

 

読書

先日から自分の解離症について考えていて、解離性同一性障害(DID)に関するドキュメンタリーを見直していたので、漫画『女子刑務所に入っていました』のなかで登場する「複数の顔をもつ女」と呼ばれた殺人犯のことが気になった。今は亡き女で松山市で、ホステスを殺害した後15年間逃亡しという。

 

「複数の顔をもつ女」といっても整形を繰り返し、何度も偽名を変えていて、多重人格という意味ではもちろんないのはわかっていた。

 

ただ、彼女の幼少期を調べると「母親が売春宿を経営していた」ことと「刑務所内で二度強姦された」ということがすぐに解り、「ああ、やっぱり」と思った。

 

彼女が殺人をし逃亡(あきらかに反省していない)する以前に、彼女の「魂が既に殺害されていた」ということだ。

 

人間の価値を「お金以下」だとか、「他の人間(例えば強姦した男)の欲望より価値が低い」という誤った価値観を、売春や強姦を通じて実体験で感じてしまうと、「善」とか「悪」の感覚が麻痺してしまうから、犯罪への歯止めが効かなくなるのだ、と思う。

 

殺人犯を正当化する意味ではなく、社会にはびこっている「弱い人間は雑に扱っていい」という通念が罪人を増産しているということが言いたい。

 

罪人を生んだ背景を紐解けば、無関心な社会で暮らしている「無罪の一般人」ひとりひとりの責任が見えてくるという意味。

 

だから、社会の氷山の一角でしかない「犯人」を刑務所に閉じ込めただけで安心しているようでは犯罪はなくならない。自分は無関係だと思っている人も「人のふり見て我が振り直せ」をしないと根本的なことは何も変わらない。

 

例えば私の例を挙げる。

 

私は幼少期に父親から性被害を受けている。父親はのうのうと暮らしているが、立派な性犯罪者だ。

 

しかし、私はその後、父親から受けた被害の影響もあり、年下のきょうだいの性器に触ったり、落書きしたり、カンチョウをしたり電気あんましたりした。

 

ある有名な精神科医は「幼少期において、きょうだい間の性的な行為は頻繁に見られること」と、罪の意識に苛まられていた私に言った。

 

先生からは「だからそこまで気にすることではない」というニュアンスを受け取ったが、私の気持ちは収まらなかった。

 

そして、年下のきょうだいに会いに行き、当時の自分の行動について謝罪した。きょうだいは忘れていたようだったが、私が謝罪したことで思い出し、許してくれた。が、私がしたことが、きょうだいの人生にどのような影響を及ぼしたかは計り知れない。

 

現に私は父親からされた性被害が原因で、30年以上経った今も生きづらさを感じている。

 

私の場合は、父親に事実を突き止めた際に否定された後に、何と無く認めたにもかかわらず、その後に勘当するようなことを言われ、結局、謝罪はなかった。

 

寝ている娘の淫部を触って、逃げた娘に謝罪もなく、母親には「良いことをしてやった」と報告した父親の行動は悪質だ。

 

私が日中、きょうだいとじゃれ合ってやったこととは比較にならないかもしれない。

 

でも、私は父親から受けた性被害を認めるうえで、自分が力の弱い相手にした性加害をも認めざるを得なかった。でないと、気持ちが悪かった。