『きんしんかん:性加害のニワトリとたまご』

ある本がきっかけで、逃げるように東京に移住した日系アメリカ人の斎氣心。初めて心を開ける人に出逢うも、彼にDVをしてしまう。確執が長年ある母親のような自分に絶望した。原因は、母の「躾(暴力)」と女性ホルモンだと考え、低容量ピルYAZを服用したが、副作用で臨死した。古今東西の代替医療による精神治療を試行錯誤する中、幼児期に父親から受け始めた猥褻を自覚する。それでも問題が雪だるま化するため、両親に虐待の事実を問いただした。しかし己の被害を自他に明示できた瞬間、自分もきょうだいに性的加害をしていた記憶が蘇り...

遺書〜近親姦加害者・DV女の死に支度〜

斎氣心(著)

 

目次

 

1983年(0歳) 

日本人の両親の長子として、アメリカ最大級の都市に生まれた。日系アメリカ人二世。

 

母親曰く「ほとんど泣かず、手間のかからない娘」。

 

父親曰く「待望の女の子」。(生まれた時どれほど嬉しかったかという話を何度も繰り返していたのを、物心ついた頃の心は覚えている)

 

1985年(2歳)

弟が誕生。

 

母親曰く「弟の面倒をよくみる、聞き分けの良い姉」

 

1987年(4歳)

父親から強制わいせつを受ける。心が両親の寝室のベッドで両親の間で就寝中、不快感を覚えて目が覚めたら、パンツの中に父の手が入っていて、私の陰阜を撫でていた。父は寝ぼけているのだろうか?と私は疑った。なら、その手を振り払おうと、寝返りを打つように母の方を向いた。が、父の手は私のパンツの後ろを握った。恐怖。混乱。恐怖。その場に居ても立ってもいられなくなり、なるべく素早く、なるべく静かにベッドから抜け出し、トイレに駆け込み、水だけを流した。

 

直後の記憶はない。

 

母親から「お父さんにメゴメゴしてもらったんだって?よかったねぇ」と言われながら、ギュッと抱き寄せられ、私は???お母さん、喜んでいる???と言葉にならないほど混乱し、何も言えなかった。

 

直後の記憶はない。