『きんしんかん:性加害のニワトリとたまご』

ある本がきっかけで、逃げるように東京に移住した日系アメリカ人の斎氣心。初めて心を開ける人に出逢うも、彼にDVをしてしまう。確執が長年ある母親のような自分に絶望した。原因は、母の「躾(暴力)」と女性ホルモンだと考え、低容量ピルYAZを服用したが、副作用で臨死した。古今東西の代替医療による精神治療を試行錯誤する中、幼児期に父親から受け始めた猥褻を自覚する。それでも問題が雪だるま化するため、両親に虐待の事実を問いただした。しかし己の被害を自他に明示できた瞬間、自分もきょうだいに性的加害をしていた記憶が蘇り...

20 初めて嘘をついた日

「初めて嘘をついた日」

 

私は幼児期〜幼少期の記憶はあまりないが、鮮明に覚えている記憶がいくつかある。

 

一つ目は、推定4歳時に受けた父親からの強制わいせつ(フラッシュバック注意)。

 

二つ目は、初めて嘘をついた日

 

4、5歳の頃、母親が作っている途中のケーキに、私は指を突っ込んでホイップクリームを舐めた。

 

指跡に気づいた母親は怒りながら私を問いただし、私は「やってない」という見え透いた嘘をついた。

 

母親は更に逆上し「嘘つきに育ては覚えはありません」などと怒鳴ってビンタし、私を真っ暗なウォークインクローゼットの中に閉じ込めた。

 

私は泣きながら、鍵のかかっていないドアを少し開けたが、母親が怖くて出られない。中は薄暗いので電気をつけた。

 

すると、そこには父親のエロ本が、布の下に乱雑に山積みされていた。

その瞬間、私はスーッと泣き止み、冷静になったのを覚えている。

 

子供ながらに悟ったことを大人になった私が表現すると次のようになる

「私が衝動的にクリームを舐め、叱られることを恐れて嘘をついたことは体罰に値するほど許されないことけど、こういう隠れた趣味の父親が、アノトキに私にしたことについてアノヨウナ嘘をついても許されるんだ」。

 

その矛盾に全く納得がいかなかった私はこの時を境に、母親に対しても不信感を覚えるようになっていった。