『きんしんかん:性加害のニワトリとたまご』

ある本がきっかけで、逃げるように東京に移住した日系アメリカ人の斎氣心。初めて心を開ける人に出逢うも、彼にDVをしてしまう。確執が長年ある母親のような自分に絶望した。原因は、母の「躾(暴力)」と女性ホルモンだと考え、低容量ピルYAZを服用したが、副作用で臨死した。古今東西の代替医療による精神治療を試行錯誤する中、幼児期に父親から受け始めた猥褻を自覚する。それでも問題が雪だるま化するため、両親に虐待の事実を問いただした。しかし己の被害を自他に明示できた瞬間、自分もきょうだいに性的加害をしていた記憶が蘇り...

1 〕生理初日、1ヶ月振り返り、複雑な心境

生理一日目に、1ヶ月を振り返ってみると、できたことが沢山あることに気づき、達成感を覚えられると共に、複雑な感情に襲われます。

 

 

生理の初日

生理の初日は毎月、1ヶ月の区切りのような感覚があります。(自分だけの月末みたいな感じ)

 

 私の場合、幼児期から受けてきた性被害などによるトラウマが原因で基本的に鬱「複雑性PTSD」で、生理前から精神症状が悪化する「月経前増悪(PME)」も併発している状況です。

 

生理前の約1~2週間から生理中にかけて(計約3週間)症状が悪化し、生理が終わった後の5日間くらいは比較的活動できる傾向にあるけど、基本的な複雑性PTSDの症状はなくならない。

 

でも生理がきただけで「数日後には少しはマシになる」という希望的観測から安心感が生まれるのか「この1ヶ月間、自分は何ができただろうか」と振り返る心の余裕ができることがあります。

 

そういうわけで、自分にとって優しくできたことや嬉しかったことを振り返ってみました:

できたこと(ハードルが高かった順)

障害年金を受給のために精神障害専門の社労士の力を借り始めた

・度が合わないメガネについて苦情メール送信(返信メールを開けるのは怖い)

自立支援医療と転出届の手続き

生活保護の条件について問い合わせ

・クリニック3軒での診断名を電話で問い合わせ

・シャワー2日連続で入れた日があった

・焼き鳥屋のゲンコツ噛み砕いた(硬いもの食べてストレス発散)

・壊れたMacBookAir2015手放した

Twitterを再開(ストレス発散)

・自伝を本格的に書き始めた(ストレス発散)

・自伝の四コマ漫画のネームを書いた(ストレス発散)

・悩みを無料電話相談で話した(ストレス発散)

・サイズ合わないジャケット手放した

・サイズ合わないチノパン手放した

・DV男から貰ったものを手放した

・その他不用品の手放しをコツコツと継続

・チェダーチーズあられを買った(硬いもの食べてストレス発散)

・ブルーベリー100%のジュースを買ってみた

アールグレイのケーキを買った

ゴーヤーチャンプルーを作った

・麻婆豆腐をレシピ見ずに上手にできた

・ほぼ毎日ブログを書いて気持ちの整理(ストレス発散)

・1ヶ月ぶりに珈琲豆を買えた

嬉しかったこと

・スイスでは、非移住者でも精神障害者でも安楽死ができると知り、希望・安心感が持てた

・ブログ記事「私が障害年金を検討するワケ」に☆をつけてくれた人が2人いた

・ブログ記事「産まない・育てないに迷いのない私の母性本能」に☆をくれた人が1人いた

(☆をつけてもらうために書いているわけではないけど、だからこそ、☆が付くとなんだか嬉しい。このブログのことを知り合いには誰一人として教えていないのは、知られたらたちまち本音が書けなくなってしまい、それではブログを書く意味がなくなってしまうからだ。でも知らない人からの☆が素直に嬉しいのは、疑い深い私としては、そこにお世辞の要素がないと確信できるからだ)

Twitterで呟いたことを♡してくれた人がひとりいた

(男女の双子のお母様で、育児について発信しているらしい。子供の感情を尊重する姿勢を拝見し、私もこんなお母さんに育てられたかったな、と思った。)

・彼が私の話を聞いてくれること

・彼の言葉が前向きなことに安心する

・しばらく会ってない友達からのLINE

鳥居みゆきさんの人柄が好きになった

・大山の唐揚げ定食が美味しかった

・麻綿のタオルケットが快適

ヘンプあんみん枕が快適

・バナナとキューイの豆乳スムージーが美味しいと感じた

複雑な心境

実際はベッドから出られず、シャワーも何日も入れず、鬱々しながら涙を流すことが精一杯な日々が大半であっても、こうやって振り返ってみると、できたことも色々あるじゃん、と思える。

 

ただ、複雑な気持ちが残るのは「できる自分」を認めた途端、「鬱な自分」が心配してくるからだ。

 

私は他人から「元気」に見られることが多い。躁鬱の「躁」な時しか人に会わないようにしているし、自分のうつ病を説明する時も、なるべく負のオーラは抹消するよう心がけている。鬱のことを明るくハキハキと話す感じ。

 

でもそのせいか「心ちゃんは鬱じゃないよ、月経ホルモンの変化が原因で落ち込んでいるだけ(PMDD)だよ」と言われ、落ち込んだことがある。私の日常のことなど何にも知らない人から、頼んでもいないのに的外れな診断をされ、心外でありつつも「今日は元気だからこうやって会えているだけで、本当に鬱なんです、普段」と言い訳するものなんか嫌で、何も言えなかった。そしてモヤモヤしながら別れて「嗚呼、私はやっぱり人から理解されない」と落ち込んで鬱が悪化。その人も悪気があって言ったんじゃないということは分かる。私が繊細(HSP)すぎるのと、私が偽りの自分を見せる癖のせいでもある。ただそれ以来、その人との会話が面倒になり、会わなくなってしまった。実はこういうことで人間関係が築けないことが少なくない(もっと酷い例も沢山ある......)。

 

「違います。あなたは私の元気な時しか知らないからそんなことが言えるんです」とキッパリ言えたらいいのかもしれないけれど、日本語だと角が立つ気がして言いいづらい。

 

でも結局、押し殺した感情は全部、彼氏にぶつけてしまい、彼が精神的に追い込まれていくのを見るのが一番辛い。だから最近は「無駄に元気な人」を装わず、「フラットな人」になる工夫を試行錯誤している。

 

それにしても精神病の症状は、他人が認識しづらいからこそ理解されず、辛い思いをすることが多い。

 

こうやって毎日、パソコンに向かってブログを書けているけど、それができているのは、収入を稼ぐというプレッシャーがなく、他人と関わらなくていいし、自分の気持ちを整理できて、ストレス発散になるから。必ずしも「毎日ブログを書ける=仕事ができる」とはならないんだ。

 

もちろん、また仕事がしたいと思えるようになれたらいいと思う。仕事をしないということは、収入がない、収入がないということは他人に必要以上に依存しなくてはならない。私は他人に頼ることが特に苦手なので、そのような状況は慣れていないし、どうしていいか分からなくなって身動き取れなくなってしまう。仕事ができたら経済的に自立でき、他人に頼ることは最小限で良くなるから、できればそうしたい。けど、今は稼ぐことへの意欲がない。人生初めての経験だから不安だ。

 

そんなこんなで、できなくても鬱、できても心配・不安という肩身の狭い世の中に生きています。

 

でもいいんだ、私が自分の複雑な状態を理解して認めてあげればそれで。私が4歳の時から38歳になった今まで毎日どれほど苦しんできたかなんて、他人にどんだけ丁寧に説明したって想像しかできないんだから。なんか言いたい人がいたら、言わせとこう。