『きんしんかん:性加害のニワトリとたまご』

ある本がきっかけで、逃げるように東京に移住した日系アメリカ人の斎氣心。初めて心を開ける人に出逢うも、彼にDVをしてしまう。確執が長年ある母親のような自分に絶望した。原因は、母の「躾(暴力)」と女性ホルモンだと考え、低容量ピルYAZを服用したが、副作用で臨死した。古今東西の代替医療による精神治療を試行錯誤する中、幼児期に父親から受け始めた猥褻を自覚する。それでも問題が雪だるま化するため、両親に虐待の事実を問いただした。しかし己の被害を自他に明示できた瞬間、自分もきょうだいに性的加害をしていた記憶が蘇り...

1) 罪を償う:やりたくないことはやらない

私は罪を犯した。またもや罪を犯してしまった。

 

私は交際12年の彼氏と自分をも裏切った。別の男と一線を超えた。しかも、やりたかった訳ではなく、癖でやった。立たない男をへの哀れみの念からやった。彼氏との関係への絶望感と悲しみに蓋をするためにやった。性行為の時に出てくる自分じゃない感覚でやった。

 

やりたくてやった訳ではない、というところが癖モノだ。やりたくてやったならまだ反省しやすいが、やりたかった訳ではないとくると厄介だ。やりたくないことをやった自分を反省しないとならないからだ。

 

やりたくないことをやる自分を、そもそも自分だと思うことが難しい。でも、やりたくないことをやる癖は昔からあった。ほとんどのことにおいて、やりたくないのにやってきた。やらざるを得なかった。

 

これからは、「やりたくないことは、やらない」と同時に「やりたいことをやる」癖をつけよう。