『きんしんかん:性加害のニワトリとたまご』

ある本がきっかけで、逃げるように東京に移住した日系アメリカ人の斎氣心。初めて心を開ける人に出逢うも、彼にDVをしてしまう。確執が長年ある母親のような自分に絶望した。原因は、母の「躾(暴力)」と女性ホルモンだと考え、低容量ピルYAZを服用したが、副作用で臨死した。古今東西の代替医療による精神治療を試行錯誤する中、幼児期に父親から受け始めた猥褻を自覚する。それでも問題が雪だるま化するため、両親に虐待の事実を問いただした。しかし己の被害を自他に明示できた瞬間、自分もきょうだいに性的加害をしていた記憶が蘇り...

6)「恋人のことが本当に好きかわからない」親密な人間関係における強迫症「ROCD」

「恋人のことは好きだし、かけがえのない存在だと思っている」

「だけど本当に好きなのかどうかはわからないし、このまま付き合っていていいのかもわからない」

 

こんな相反する感情によるモヤモヤを12年以上、私は抱えてきました。

 

更に、この不安を払拭するために移した行動によって関係を壊してきました。

 

この感覚はなんなんだろう?と英語で検索(don't know if I really like my boyfriend)したら「ROCD」という強迫症の一種である精神障害を知り、自分に当てはまると思いました。

 

 

私の悩み

私には交際12年の彼氏がいて、年月が過ぎれば過ぎるほど、彼への愛情が深まる一方ですが、同時に「こんな私と付き合ってもらって申し訳ない」という気持ちも一向に強っています。

 

また「趣味嗜好が合わないため、相性が悪いんではないか」と思うこともあれば「自分がここまで心を開けられたのは彼が初めてであり、彼がいなければ今の私はいない」とも思います。

 

私はそんな彼を長年、精神的に追い詰めてきました。彼がやりがいを感じていた仕事を辞める原因は私のヒステリーでした。私は毎日、暴言を吐き続けました。私は母親にされてきたことを彼にしている自分に絶望しました。

 

私は浮気も内緒で何度も繰り返しました。彼は「浮気をしたらちゃんと話してね、罪悪感を持って欲しくないから」などと言ってくれましたが、私は半信半疑でした。彼の寛容さを信じたい一方で、浮気のことを知った途端に私を捨てるための罠だと思っていました。

 

交際10年目にした浮気を事後報告した際、私は彼を精神的に追い詰めることになり、私たちの関係は深く傷つきました。

 

彼は私と別れた姿勢でいたので、彼をこれ以上失うことはないと思い、私は過去の浮気のことも告白することができました。それなのに彼は私を許し「仲直りしよう」と言ってくれました。予想外の展開に驚きましたが、どうやら私が浮気をしたくてしたのではないことや、彼と別れたくて浮気したわけではないことが彼に伝わったようでした。

 

彼から見捨てられなかったことで安心感を得た私は、自分自身と彼のことをもっと大切にしようと考えを改めました。でも同時にここまで大切な人を傷つけてしまう自分が嫌だという気持ちも強まりました。

 

彼は私と今も交際を続けてくれているものの、口論になると(私が何かにおいて文句を言ったり怒ったりすると)彼は浮気のことを持ち出し「じゃあ、別れよう」と言うようになりました。私が「仲直りしてくれたのに、なでそんなこと言うの」と聞くと、「別れた方がいいと最初に言い出したのはあなたの方だ」と指摘されました。確かに、彼の言う通りで、そのような言葉を初めて口にしたのは私でした。彼を試していた部分もあると思います。「本当に私でいいの?だってこんなに酷い人間なのに」と。

 

でも、いざ彼から別れを告げられてみると、本当は別れなくないことに気付きました。「結局、どっちなんだよ?!」って自分でも自分にツッコミを入れたくなります。そしてその答えはやはり一言では言えません。

 

別れた方がいい気がする理由はいくつもあるけど、浮気が原因で彼から別れを告げられた際は数ヶ月間毎日泣いたし、その後、仲直りしてくれてからはピタッと涙が止まりました。単純ですが、自分の体の反応を観察した時、私はやっぱり彼のことが好きなんだなぁと実感しました。

 

浮気相手の時とは明らかに違いました。浮気相手とはバッサリ縁を切り、その人に無駄な時間や労力を費やしてしまったことは悔しくても未練は全くありません。

 

それでも私が「彼氏のことを本当に好きなのかどうか」「このまま付き合うべきなのかどうか」と不安になってしまう理由は、彼氏と出会った頃やその前まで遡ることができます。

 

私は彼と出会った当時、恋愛関係を求めていませんでした。でも、彼の誠実さに惹かれて、積極的に体の関係に導きました。

 

その後、彼から「僕たち恋人だよね?」と聞かれて「違うよ」と言ってみたり、「大きくなったら結婚しよう」と言われた時は反射的に「うん」と言ってから内心「しまった、嘘をついてしまった」と思ったりしたのを覚えています。体の関係を誘導したのは「なんで好意があるなら手を出してこないの?という好奇心」が原動力になっていました。彼はいわゆる「草食系男子」で、私が知っている「男像」とは対照的でした。

 

私は恋人は欲しくなかったし、結婚願望もありませんでした。でもある日、職場の上司に「君たち付き合ってんの?」と聞かれた時、彼の顔も見ずに私は咄嗟に「はい」と答えてしまいました。世間体を気にして反射的に答えたのでした。そんな受動的な状態が自分では受け入れ難かったのですが、彼は知れば知るほど良い人で、私には勿体無いという想いが強まりました。

 

そもそも、私が彼氏と恋愛ではなく、体の関係を結ぶことに執着した理由は二つあります。一つ目は「恋愛関係」というものに疲れていたからで、二つ目は、男は好意がある女とはすぐに性行為をしたがるものだという固定概念が植え付けられていたからです。

 

今の彼氏と出会う一年前、5年ほど交際していた男性と別れたばかりで、私は背中に羽が生えたかのように自由を感じていました。その男性は私のタイプでは全くなかったのですが、共通の趣味があり、男友達として尊敬していました。しかし男性から感じる切実な好意を私は拒否することができず、自分から性行為を率先し、その後、自分の行動に責任を取るように交際を申し込みました。

 

なぜ、こんなアベコベなことをしたかというと、背景には父親の口癖がありました。父親はよく「男女の友情関係はあり得ない」という趣旨のことや「女は受け身だ」と言っていました。そのため、男性の好意を拒否したら、友情関係も消滅するという恐怖心が私に植えついていました。また反抗心から、とにかく「受け身にはならない」と決めていました。受け身の反対は「積極的」「自発的」。男友達との友情を保てないなら、せめて自分から積極的に性行為をしようと思ったのです。しかし、あわよくば巷で噂のセックスの快感とやらを覚えられると言う期待さえも裏切られ、呆気なく終わった行為に虚無感しか覚えられず、自分が汚れたような感覚にも襲われました。

 

恋人としては好きでもない男友達との友情を失うことへの恐れから、本当はしたくもない性行為を積極的に行い、虚しさしか残らないのに交際を申し込んだという、メチャクチャなことを震えながらやり遂げました。彼との性行為はその時が最初で最後でした。子供が欲しいわけでもなかったのですが、性行為をしない言い訳として「子供を産むまでしたくない」と伝えました。その際、男性から「尊敬できる」と言われ、私は頭がおかしくなりそうでした。え?じゃあ、あの時、性行為をしなくてもよかったってこと?私はこの頃、まだ自分のことを他人に話せるような精神状態ではありませんでしたので、男性に確認したりはしませんでした。

 

しかし男性と別れた一年後、今の彼氏に出会った時も「男はセックスさえできればいい獣だ」という父親によって長年培われた根強い固定概念は拭いきれていませんでした。それに、男性や自分を騙し続ける虚偽の「恋愛関係」に疲れていた私は、今の彼氏と「恋人関係になりたい」と言う感覚はありませんでした。でも、彼から好意は感じるのに全く手を出してくる気配がなく、混乱しました。彼は私のことが好きなのか?好きじゃないのか?いや、好意は感じるし、好きなはずだ。じゃあ、なんで手を出してこないんだ?

 

彼の淡白だけど愛情を感じる言動が気になり過ぎてしまい、自分への好意が本物であるかどうかを確かめるように、彼を誘惑しました。しかし、なかなか思うように彼は主導権を握ろうとしません。ベッドに横たわりながら、コンドームを渡すところまで行っても、彼は「なんでくれるの?」と無邪気に聞いてきたりしました。私には彼の思考回路が全く理解できませんでした。

 

そして、あの手この手を使ってどうにか性交に漕ぎ着けた後、彼から「僕たち恋人だよね?」とか「結婚しようね」などと言われた私は抵抗感を覚えた訳です。私は性交をすることで彼の好意を確かめ、彼という男を理解したかったはずなのに、それが確認できた途端、自分が恋愛や結婚に興味がなかったということが浮き彫りになったのです。私は恋愛や結婚などを通じて人間との繋がりを深めたかったのではなく、人間、とりわけ男という生き物の謎について解明したかったという好奇心によって動かされていただけなのでした。彼は私の好奇心を刺激する「検体」だったと言っても過言ではありません。

 

彼氏を「恋愛対象」などではなく、どちらかというと「研究対象」として見ていたという気づきにしっくりきている自分に動揺します。

 

そのような感覚で始まる関係もアリなのでしょうか。

アリなのでしょうね、少なくとも私のように幼児期から強制猥褻をする父親に育てられた人間には。

 

結論

ROCDという症状は、親密な関係における場合に発生するということは、私と彼との関係が親密だということになりますが、それは確かに間違いありません。

 

誰とでも親密になれるわけではないことを考えると、やっぱり彼は私にとって大切な存在なのだと思います。たとえ「研究対象」という関係から始まったという、冷徹な馴れ初めがあったしても、そこからどう発展するかということも重要であるはず。

 

このような強迫症に陥ってしまうことは、過去のトラウマによる複雑性PTSDの症状の一つだという自覚もあります。なので、考えすぎなのかなとも思います。

 

いずれにせよ、強迫観念に襲われても、早まった結論は出さないように、自分が望まない未来のことは口にしないよう心がけます。

 

OCD「強迫性障害」とは

強迫性障害(OCD)」とは、「頭の中にうかぶ考えやイメージにとらわれてしまい、それを払しょくするための行為をとめられない病気になります。 自分でもバカバカしいことだと自覚していても、頭に浮かぶ考えやイメージをやめることができないため、周囲にいる人まで巻き込んでしまうこともあります。」*1

OCDは「疑い」の要素があるのが一つの特徴です。

 

ROCD「親密な人間関係における強迫症」とは

 

ROCDは「親密な関係における強迫症」で、「強迫性障害(OCD)」の一種です。Rは人間関係を意味する英語Relationshipの頭文字からきています。ROCDの研究*2はまだ初期の段階にありますが、英語では情報が比較的沢山あります。日本ではまだほとんど認知度はされていないようですが「ROCD 強迫性障害」と検索すると1件だけ引っかかり、わかりやすく解説されています*3

 

ROCDの2種類の強迫観念

①関係性に関する強迫観念

例:

「この関係性は、私達にとって正しい関係なのだろうか?」

「これは本当の愛なのだろうか?」

「私のパートナーは本当に私を愛しているのだろうか?」

 

②パートナーに対する強迫観念

例:

パートナーの自分に対する感情

パートナーの性格や容姿など

 

rocd.net

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