『きんしんかん:性加害のニワトリとたまご』

ある本がきっかけで、逃げるように東京に移住した日系アメリカ人の斎氣心。初めて心を開ける人に出逢うも、彼にDVをしてしまう。確執が長年ある母親のような自分に絶望した。原因は、母の「躾(暴力)」と女性ホルモンだと考え、低容量ピルYAZを服用したが、副作用で臨死した。古今東西の代替医療による精神治療を試行錯誤する中、幼児期に父親から受け始めた猥褻を自覚する。それでも問題が雪だるま化するため、両親に虐待の事実を問いただした。しかし己の被害を自他に明示できた瞬間、自分もきょうだいに性的加害をしていた記憶が蘇り...

22)身体を不潔に保ってレイプ対策を思いついた幼児

今日、シャワーに入った。

 

髪の毛にコンディショナーを使った。

 

よくできた38歳の私。

 

前回シャワーに入ったのは5日前。

 

体がベトベトして気持ち悪かったけど、入るまでに5日かかった。

 

それでも以前よりは頻度がだいぶ増している。

 

過去の私はほとんどシャワーに入らなかった。多分、数週間に一度、月一くらい。一年に15回も入らなかったと思う。

 

下着も変えなかったから、隠部が化膿して痛くなった。

 

今日も隠部に傷ができていた。

 

なんでシャワーにあまり入らなくなったのか。

 

それは、身体を綺麗にしたらそれだけ、レイプされる確率が高くなると幼少期に悟ったからだ。

 

父親がバックパッカー時代、世界中で娼婦を買いまくったと自慢話をしているのを何度も聞いた。

 

そして、ある女性バックパッカーの話になった時、「あいつは女じゃなかった。風呂にも入らなくて汚かった。」と父が話した。

 

その時、私は「コレだ」と閃いた。

 

風呂に入らなければいい。

 

うちの風呂はそもそも父親から出たと思われる汚物で濁っていて、そんな風呂なら入らない方がマシだし、身体を不潔に保てば「女」と見られないならそのほうが断然良かった。

 

何日間、風呂に入らずにいられるか試してみよう。コレなら、楽勝だと思った。

 

それから私は風呂に入らなくなり、たまーにシャワーを浴びる程度になった。

 

当時の私は、4歳の時から父親の強制わいせつを受けていたことを「悪夢だ」と思い込み、今ほどは自覚していなかったのに、レイプに対する防衛対策を閃いていたことに驚く。その反面、自分がどれほど身体を侵害されたくなかったかよくわかる。

 

当時から陰部が化膿していた。

 

よく、「強制性交などされた子どもの性器には傷が見られる」と言われる。

 

私の場合は、父親から受けた強制わいせつによる直接的なものではなかったが、性的搾取によるトラウマがあったため、自分の性器に傷がつくほどまでに自分を不潔に保って、身を守ろうとしたのだった。

 

日本が中国・南京を侵略した時、女性や少女は顔に鍋底の炭を顔にぬり、ボロボロの服を着て、自己防衛しようとしたと言う多くの証言を思い出す。

 

しかし、性病が見られる女性でも強姦したと言う日本兵の証言を読んで(『南京戦ー閉ざされた記憶を訪ねて 元兵士102人の証言』)日本兵の鬼畜さは流石だと思った。

 

私の体には、その日本兵と同じ「日本人」の汚い汚い血が流れているから、4歳にして父親から犯される運命だったのだな、と思うとなんか納得できるのだ。