【20】なぜ親は(私も)うるさいのか
田房永子著のマンガ『なぜ親はうるさいのか』(筑摩書房2021/12/22)を一気読みした。
田房さんの漫画やエッセイには毎度毎度、共感することが多く、まるで自分のことを読んでいるみたいな感覚になる。
田房さんの母親が「うるさい」ということは過去のコミックエッセイ『母がしんどい』『しんどい母から逃げる』にも詳しく描かれている。自身が母親に似てしまった原因と改善法などを『キレる私をやめたい』などに詳しく説明している。
私自身も相当うるさい母親に育てられた。数年前から連絡を絶っているが、母親から受け継いだ「理不尽な怒り」を私は、一番身近にいる彼氏にぶつけてしまっている。交際12年目の彼との関係が悪化しピークに達している今、お互いに距離をとることを強いられている。
私がこの本を読んで得たいのは、自分が彼にキレてしまう原因を根元から理解・解消し、彼と程よい距離感で末長く仲良く付き合っていくためのヒント。
「早くしなさい系」
「ねちねちうるさい」
「爆音系」
「すぐけなしてきてうるさい」
「アドバイスがうるさい」
田房さんは冒頭で「うるさいにも色々ある」と指摘する。
私の母も、私自身にも上記全てが当てはまる。
私のお母さんがうるさかった出来事:
1. 幼少期、 母親がその場にいて座って聞いているだけの会話で、私が意見があったので口を挟もうとしたら「大人の話!」と叱られ睨まれた。
2. 私が欲しいと思った洋服について「それは変」「おかしい」とけなしてきた。母親が選ぶ服はダサかった。
3. 友達と遊びたいのに、「この前も遊んだでしょ?!」と言って遊びに行かせてくれなかった。
4. 厳しすぎる門限を破ると、顔にビンタされ、長時間の説教をする。
5. 母が私用の下着がダサすぎたので、自分でブラジャーを買ったら、母親ら「見えないところではお洒落なのね」と嫌味を言われた。
6. 何かにつけて「女の子なんだから」と言って注意してくる。
7. 私は勉強は全体的にできる方だったけど、小学生の頃、時計を読むのと九九が苦手だった。それをいいことに、この時は母親が「なんでわからないの?!」と言いながら、何回もビンタしたり、説教されたりした。
8. 私が夢を語ると毎回、なぜか怒りながら頭ごなしに否定してきた。
9. なんの前触れもなくいきなり不機嫌になっていることもあった。
10. 私が海で泳いだ後、疲れて寝た時「シャワーに入りなさい」と怒られた。ちなみに母親は何日もお風呂に入らず髪の毛がギトギトだったこともあるので、なんでそんなに起こるのか謎だった。
私の母も、田房さんの母と同類で、とにかく正気の沙汰とは思えないほどしょっちゅう怒り狂っていた。
怒っている理由を説明せずに「なんでわからないの?!」「あんたはおかしい!!」「普通じゃない!!」と一方的に母の考えだけが正しい前提で怒鳴ってくるから、あーまたなんか訳のわからないことで怒っているという風にしか見れなかかった時もある。そしていつしか自分は本当におかしい人間なんだと洗脳されていった。
色んなことが似ている中で、私の場合は違う場面があった。
「ケンカになるとコレを言われる」
「イヤならこの家から出ていけ!!帰ってこなくていい!!一人で暮らせ!!」
p.25〜26
田房さんは「コレを言われるのが一番イヤだった」というが、
実はコレ、私が最も憧れていたセリフだった。
私はいつ、母がこのセリフを吐いてくれるだろうとずっと待っていた。このセリフを聞けたら、私は即座に
「はい、そうですね。今すぐ出て行きます。」と言って正正堂堂と家を出るのに、と心待ちにしていた。
家出をしていた親友がいたので、一緒に思う存分遊べるというプラスなイメージが湧いた。小学生からバイトもしていたので、貯金もあった。
母親は、私が本当に家出するのを想像できていたから、そのセリフを吐かなかったんだろう。私はただでさえ家には帰りたくなくて門限を破っていたので。
でも私がなかなか家出をしなかったのは、捜索願いなどを出されて引き換えされたら、かっこ悪いし、面倒だと思ったからだ。田房さんのいう、「もし本当に出ていったら怒るくせに」という思いと近い。
私は家出をするなら、徹底的にやらないと気が済まなかった。そのときのために勉強以外の時間はバイトをして、とにかくひとりで生きていくための軍資金を貯めた。どの道、自分が稼いだお金で欲しいものを手に入れることは許されなかったので、お金は貯められた。
ちなみに、貯金はできているのに、欲しいものを買わせてもらえないので高校時代は万引きをしていた。短大時代はお金の使い道がなさすぎて、自主的に実家に家賃を入れ始めた。こうすることで、少しでも私が自立した人間であることを認めてもらい、自由を手に入れたかったのだが、全く効き目がなかった。ちなみに学費は、成績を保つことで奨学金で賄っていた。短大進学も親の希望で、そのために自分で稼いだお金を使いたくなかったからだ。
私がやっと家を出たのは21歳の時。日本の大学に進学するということを母が意外にも応援してくれたからだ。
予想外だったが、正式に家から出る「〝円満〟家出」の切符を掴んだ。
しかし、海を越えて地球の反対側に移住した後も、母は国際電話越しに私の希望を否定してきた。
フランス語以外に中国語も勉強しようと思っていると話せば
「中国語の授業?フランス語を続けてればいいでしょ!?」
(学ぶ言語の数に制限をかける意味が不明)
(学費も生活費も全て自分の貯金で賄っているのに、授業の選択にまで指図される謎)
卒業証書を受けるためだけにつまらない必須科目になけなしの貯金を叩くのは馬鹿らしかったので、「休学して世界一周のクルーズに参加しようと思う」と話すと
「何いっているの?!」と怒ってくる。
(休学やクルーズにかかる費用を請求しているわけではない)
私が何を言っても否定する母の言動は、「思考停止と自動反応」によるものだと気づいた。これでは家から出た意味がないと悟り、母との連絡をどんどん減らしていった。近年は全く連絡をしていない。
母親は私のきょうだいを通じて連絡をよこすようにうるさい時期もあった。が、ゲンキンなことに、私が幼児期に父親から性的虐待を受けていた事実を両親に突きつけてからは、両親共々私に連絡をしなくなった。
p.53で田房さんが気づいたように私も母親から「味方になってほしかった」のだ。
「そういう意見があるのね」
「そういう服が好きなのね」
「絵描きになる夢があるのね」
「もっと遊びたいのね」
「中国語を習いたいのね」
「世界を一周する船旅をしたいのね」
こうやって一旦、私のことを受け止めてくれたら、私も母の気持ちを聞く余裕が生まれたかもしれない。その話の流れの中で、父親から受けた性虐待の話をもっと早くに打ち明けられたかもしれない。母娘の間に信頼関係が築けたかもしれない。
「〝私の味方になってほしい〟という私のお母さんへの思いは私自身への想いでもあったんだ」
「お母さんにわかってもらわないとスッキリしないと思っていたけど〝そんなことなかった〟〝むしろ自分のほうが思う存分自分の気持ちを聞ける〟〝ここまで聞いてくれる人は他に誰もいない〟〝自分で自分の事情を聞いていいんだ〟」
p.57
そして更に重要な気づきが
「お母さんもおばあちゃんに味方になってほしくて必死だったのかもしれない」
p.75
私のお母さんは幼児期、母親に置き去りにされた。「あの人は私たちを捨てた」と母が言っていたと私の父親から聞いたことがある。気になっていたが、聞きづらかった。大人になってから一度、電話越しにお母さんに聞いたことがある。
「お母さんの母親のことを覚えている?」
「玄関に水玉模様の赤い傘が置いてあったことは覚えている」
「顔は?」
「覚えてない」
「表情も?」
「覚えてない」
ショックだった。お母さんの顔も表情も思い出せないなんて。思い出が「水玉模様の赤い傘」だけなんて。
私の母方のおばあちゃんは、昔から背中だけのイメージだったが、顔に関しては真っ黒になった。
自分のことを捨てた母親のことを子供はどう感じるのか。
理解できずに混乱するだろう。
寂しいだろう
悲しいだろう
憤りを感じるだろう
普通じゃないと思うだろう
人間不信になるだろう
「あんな理不尽なことを子供に言うのはまちがっている」
相手を理解することとその行為を否定することは両立できる。
p.82
p.83 の「おにぎりの件」にも共感した。
夫の弁当を作っていたが、育児も加わり、お弁当を作れなくなり、夫が自分でお弁当を作るようになった。
しかし、田房さんの中に〝夫のお弁当は妻が作るものだ〟という世間の声があったから自分をダメだと思っていた。
ある日夫が寝坊して弁当を作れなかった際、田房さんは「せめて1つだけでも」とおにぎり一個を作って気づいた。
それが自分の「罪悪感を埋めるためだけのおにぎり」「なのに受けとる側が感謝いけない物だからイヤだったんだ」と。
自分が「やめて」と言っているのに、母親がおにぎり1個を渡してきた理由がわかったのだ。
私も同じようなことを彼にしている。
彼の健康のためにと言って食事を作るが、疲れているときはイライラする。その上、それを残されたり、渋々食べられたりすると、激怒する。
彼は「無理してご飯を作らなくていいよ」というが、周りに不味い飲食店しかない町でそんな贅沢ができるものかと更に怒りがこみ上げてくる。
それは私の中にも「料理は女がするべき」という固定概念がこびりついているからだろう。
誰にも怒られていないのに
自分が自分のことをダメだダメだと思ったり
こういう自分にならなきゃって
思い過ぎてると
人にうるさくなっちゃうんだな
p.84
私は掃除のことでもよくキレる。
「掃除を含む家事は女の仕事」とうい「世間の声」が私の中にある。
彼が汚す一方で全く何も掃除しないでいると、なんで私ばかりが二人分の汚れを掃除しないといけないの?!と怒りがこみ上げてくる。
でも「女の私がやらなくてはならない」という固定概念を取っ払うと、家政婦を雇うという手段が見えてくる。
家政婦を雇ってある程度部屋が清潔になるまで、彼がいる部屋を訪問しないことにしよう。でも私の名義で借りているので、どうしても訪問しないとならない時は彼がいない時に行き、彼に怒ることができない状況に限定する。
部屋が清潔だったら、私もストレスを溜めなくて済むから気持ちが楽になる。私が怒らないところを彼に見せられれば、彼も私との関係に希望を持ってくれるかもしれない。
......
母親の怒りが私に連鎖しているということは、女性としての悲しみが代々受け継がれてきたことを物語っている。
私の母方の祖母の情報は「水玉模様の赤い傘」と「幼い我が子を置き去りにした」ということだ。
この二つからどのような人間模様を想像できるだろうか。
「水玉模様」「心理」で検索してみると
「自分に自信がない」
「自分をアピールするのが苦手」
「恥ずかしがり屋」
「誰からでも愛されたい」
という答えが出てくる。
祖母は内向的で、母親になることに自信がなくて、夫や娘から愛されていると思えず、我が子を置き去りにしたのだろうか。ドラマによくある別の男性から好意を持たれたからなのだろうか。
傘を置いていったという行為には、少なからず、祖母が感じていただろう「罪悪感」が感じ取れる。我が子を置き去りにするなんて母親として最低だと思っていたに違いなく、この罪の意識は一生彼女の意識を蝕んだことだろう。
我が子を置き去りにする母親の心理とは。