『きんしんかん:性加害のニワトリとたまご』

ある本がきっかけで、逃げるように東京に移住した日系アメリカ人の斎氣心。初めて心を開ける人に出逢うも、彼にDVをしてしまう。確執が長年ある母親のような自分に絶望した。原因は、母の「躾(暴力)」と女性ホルモンだと考え、低容量ピルYAZを服用したが、副作用で臨死した。古今東西の代替医療による精神治療を試行錯誤する中、幼児期に父親から受け始めた猥褻を自覚する。それでも問題が雪だるま化するため、両親に虐待の事実を問いただした。しかし己の被害を自他に明示できた瞬間、自分もきょうだいに性的加害をしていた記憶が蘇り...

【3】精神科医への手紙

○西先生、

 

先日は、自立支援医療の診断書を書いてくださり、ありがとうございました。

 

通院を継続したいのですが、治療費を払い出すと、生活費が減り、貯金がなくなった後はどのように生きていけばいいか分からず、不安になり、鬱が悪化して、なかなか出向けません。先生は、このように八方塞がりな私は今後、どうすればいいと思われますか?

 

ご参考までに近況報告をさせてください。

 

仕事への意欲:仕事を再開する目処がつけば......せめて生きる気力さえあれば、少しは気持ちに余裕を持てるようになるのかも知れないですが。生き延びるために自分の時間をこれ以上犠牲にしたいと思えないのです。子どもや弱者を犠牲にした上で成り立っているこんな社会の歯車になって、これ以上生きていかなきゃならないのかと思うと、力が入りません。

 

私は、10歳の頃から数年前までワーカホリックで、仕事に没頭することで辛い状況から意識を逸らすことができてました。当時は「大人と同じように働き一人前の人間として親に話を聞いてもらいたい」「親からいちいち反対されずに欲しいモノ・コトを手に入れたい」「永遠の家出をして親から離れたい」などという目標が原動力になっていました。でも、どんなに働いて経済的に自立しても、親からは一人の人間として扱われることはないし、欲しいもの・ことがなんだったか大昔に忘れてしまったし、親から離れても親からの呪詛から逃れられず親と同じような加害者になっていたし、希望が絶望へと変わっていきました。

 

人間関係:私が今一番、不安なのは、経済面のことの他、人間関係が上手くいかないことです。彼氏に会うたびにブチ切れてしまったり、友達や知人や過去の取引先からの連絡にどう返えしていいか分からずそのままにしストレスが募っていったり、他人から言われる心無い言葉や悪気のない言葉にさえ、モヤモヤし引きこもってしまいます。ここ一年はないですが、躁状態で元気が出てきてもその時に大きな人間トラブルになり、取り返しのつかないことになるので、最近は元気になることにも不安を抱き警戒しています。2、3年前に躁状態になって大きなトラブルになったことは今日にも影響を及ぼしていて、人と関わることがどれほどリスクの高いことかということを痛感しています。もちろん、害を加える人を引き寄せてしまう自分に問題があるのだということは解っています。だから、世界で一番怖いのは自分自身です。

 

東京都や区の電話相談に連日かけていた頃もありました。顔を合わせないけど30分ほどじっくり話を聞いてくれるので、それだけで、気持ちが落ち着かせられることもありました。でも、ある日、ある相談員から私の話を最後までまともに聞かずに「でも」「でも」と否定され、私の経済状況も知らずアドバイスをお願いしたわけでもないのに「精神病院に入院するしかないですね、申し訳ないですけど」と無責任なことを言われました。それからは電話相談にかけるのも恐ろしくなりました。

 

新居に引っ越してからも電話相談にかけていましたが、約1年ぶりに睡眠が取れるようになり、自分だけの部屋を持つことで、以前より頭の中がクリアになってきた部分もありました。最初の数ヶ月間は「生きているだけで幸せなのかも」と思える日がありました。私の気持ちが常に落ち着かなく「地に足がついていない」と言われていたのは、これまで落ち着ける場所に住んだことがなかったからだということがわかりました。

 

でも、月経前増悪(PME)を患っているため、幼児期からの持病である複雑性心的外傷後ストレス障がい(C-PTSD)が月経予定日の1~2週間前から悪化することは変わりません。私の月経周期は25日と短く、生理中は身体的な症状も併発するので、比較的調子が良くなるのは生理後のせいぜい1週間程度です。でもここ1ヶ月は、月経後もC-PTSDの症状が酷く、月経周期とは無関係に鬱症状が続いています(こういうことはよくあります)。朝になってもベッドから起きれず、夜までスマホやパソコンで動画を頭痛になるほど観て、一日中涙を流すのが精一杯です。食事は夕方に麺を茹でて食べるくらい。シャワーは1~2週間に1回(月一の時もあります)。

 

どんな動画を観ているかというと、LAにあるアメリカ最大規模のスラム街スキッド・ロウで暮らすホームレス、娼婦、売春斡旋のヒモ、麻薬の売人、ギャング達にインタビューするアメリカ人の写真家による数千本の動画です。約5000人が路上でテント暮らしなどしていて、機能不全家庭出身が圧倒的に多く、幼少期に親や保護者から性被害を受け、家や児童福祉施設や里親から逃げてきて、生き延びるために体を売ったり、売春を斡旋したりし、精神障害を癒すために麻薬漬けになり、最終的には金も命も奪われて捨てられます。毎日のように、強姦や殺人が起きているのに、警察は見て見ぬ振り、行政は本質的に手を差し伸べることなく、増え続ける人口が周辺の観光地に広がらないように、スキッド・ロウ地区に封じ込める区画整備をしています。私にはこれが最も嘘のない社会の縮図に見えてなりません。

 

動画を観ると気持ちが落ち込み、ますます動けなくなりますが、気が付いたら目が離せなくなっていました。多くの明るい雰囲気のドラマや映画や、邦画は特に演技がかって嘘っぽく見えてしまい、見ていられません。私が見ているインタビュー動画はドラマや映画では広告主が付かないほどハードな人生を送っている人たちによる実話です。私は彼らの話を聞くたび、自分が受けた虐待について「そういえばあんな虐待もあったな」と思い出したり、「こんな言動をする私は狂っているよな」と思っていたことを彼らが当然のように話したりします。彼らの話を聞いていると、まるで自分を見ているようで、自分が肯定されているようです。彼らの話を聞いていると自分は「狂っていないんじゃないか」と思えたりもします。幼児期から虐待を受け続けたら頭・精神が狂ってしまうのは「正常な反応だ」と思える。でも、いざ虐待を受けたことのない人と話をすると、明らかに自分は彼らと何かが違い「正常な反応であっても、それが染み付いて人格化してしまった自分はやっぱり異常だ」と思い直します。でも、そもそも自分が「自分」だということにずっと違和感がありました。狂っているのはあくまで「狂っている私」であり、「狂う前の本来の私」は虐待の時に死んだのか、記憶のどこか奥の方で行方不明になっているのか、「自分」が一体何者なのかわからなくなります。幼少期から「私」として別の誰かの人生を歩んでいる感覚があり、自分の名前を発することにも違和感があり、今でもそれは変わりません。解離性障害者は人格にそれぞれ名前がありますが、私の場合は「私」になりきろうとする人格や、他の人格に特別な名前は付いていませんが、番号を振って特定特定

 

私は今でこそ、狂ってしまいましたが、4歳までは無邪気なこどもでした。大人に汚されて、気が付いたら、自分も汚れた大人になっていました。私は彼氏から何回か「いつかあなたに殺されそう」と言われショックを受けています。動画に出てくる殺人鬼も、4歳の頃から家族から性的虐待などを受けて育って「愛情表現だからOKだ」と教わったと言い、殺人については「したくないけど止められない」と言っていました。私も自分が虐待を受けていたと認められるまで四半世紀以上かかり、自分が被害者だったと気づいた頃にはすでに加害者になっていて、今はどうしたらやめられるかわかりません。私の怒りの根源は、親からの虐待やそれを黙認する社会に対する憎悪だということは解っています。今は、被害者だった頃の辛さより、加害者になった今、愛する人に「いつか殺されそう」と恐怖を抱かせてしまうことが悲しい。言動のコントロールができない自分がただただ恐ろしい。

 

先日、8歳の息子を強姦した母親が4歳の時に父親から強姦されていたという内容のいインタビュー動画を見て共感している最中「そうだ、安楽死をしよう」と思い立ちました。人を傷つけることをやめられないなら、死のう。死んだら、もう人を傷つけられないし、そのことで自分も傷つかない。世界の人口は増える一方で、地球へ多大な負担をかけていることを考えても、自殺はエコで、メリットしかない。私一人が死んだところで大きな変化にはならないかもしれないけど、せめて身近な人の幸せを奪うことはしないで済む、と至って前向きな気持ちです。

 

いざ、死ぬ方法を決めたら、事前にやらなくてはならないことが鮮明になりました。未来のこどもたちが親や保護者などの大人から虐待され被害者・加害者にならず、自己肯定感が育まれる健全な家庭で育てる社会を創造するために、私ができることに取り掛かりました。近親姦の実態と結果を日本人に啓蒙するために、以前からやりたいと思っていたインタビュー動画を和訳する許可を得るために、動画製作者に連絡し、近親姦が合法な日本の悲惨な現状を英文で説明して共感して協力してもらう。

 

結局、安楽死の件は、彼氏を看取るまで一旦保留にすることにしました。それは私が2年前に危険な男に浮気したことで彼を傷つけたことに対して「一生かけて罪滅ぼしをする」と約束したからです。彼が死ぬ前に私が死んだら、私は彼を再び裏切ることになります。そういうわけで寿命は伸びてしまいましたが、死に支度として、こどもを親の性の吐口にさせないためにできることを続ける姿勢は変わりません。

 

私の苦しみは先祖の遺産。私が何の罪もない4歳の時から30代後半まで苦しみ続けているのは、私がそのDNAを受け継いでいる先祖が、子供が家庭で安全に育つためにやるべきことを怠ってきたからだと理解することにしました。私は先祖が代々放棄してきた責任(カルマ)を背負わされているのだと。先祖が犯してきた罪がそれほど重いから、4歳という若さから私は被害を受け続け、加害者にもなり、今も苦しんでいるのだと。未来の子供達が苦しまないために私ができることをすることでしか、先祖の罪滅ぼしができず、自分や未来の子供を救えないのだろうと頭では理解しています。こんな世の中で子供を産み育てることは、子供を生き地獄に放り込むことと等しいと思っているので、私は絶対に子供は作らないと昔から決めています。これから生まれてくる誰か他人の子供が、私のような経験をしなくてもいいように、自分の子供や孫やひ孫を想うような気持ちで、できることを死ぬまで続けます。