『きんしんかん:性加害のニワトリとたまご』

ある本がきっかけで、逃げるように東京に移住した日系アメリカ人の斎氣心。初めて心を開ける人に出逢うも、彼にDVをしてしまう。確執が長年ある母親のような自分に絶望した。原因は、母の「躾(暴力)」と女性ホルモンだと考え、低容量ピルYAZを服用したが、副作用で臨死した。古今東西の代替医療による精神治療を試行錯誤する中、幼児期に父親から受け始めた猥褻を自覚する。それでも問題が雪だるま化するため、両親に虐待の事実を問いただした。しかし己の被害を自他に明示できた瞬間、自分もきょうだいに性的加害をしていた記憶が蘇り...

『キレる私をやめたい』とゲシュタルト療法

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【感想】ゲシュタルト療法で解消するキレる原因 斎氣心
『キレる私をやめたい〜夫をグーで殴る妻をやめるまで〜』田房永子(著)
 
彼氏にキレてDV・モラハラをしてしまう自分をどうにかしたい、そう思ってこのコミックエッセイを読んだ。
 
共鳴できる漫画があまりない私であったが、同書は私のために描かれたのではないか?!と勘違いするほど共感するコミックエッセイだ。田房永子さんのベストセラー「母がしんどい」もそうだった。
 
彼女の作品は、私の悩みの根元となっている現在進行形の課題を、真摯な言葉と痛快な画風でピンポイントに指して解決に導てくれる。そこそこそこ〜!!!と痒い所に手が届く内容で、いい意味で癖になるというか、自分を笑いながら肯定できるようになる。

キレる私をやめたい」を2018年に読んで、ゲシュタルト・セラピーのことを知り、田房さんと境遇が似ている自分にも合いそう・必要だと思い、すぐに都内で開催されたワークショップに参加した。

田房さんが自身の母親のように夫に対してキレてしまうように、私も自分の母親にキレられていたように彼氏にキレていた。自分がまるで母親のようだと気づいた時はショックだった。昔から「私は絶対に母親みたいにはならない!」と心に決めていたから。

虐待を受けた子どもが、親になって自分の子どもに虐待をするという連鎖が起きることを聞いたことがないほどナイーブではなかった。でもなんでどうしてと戸惑いつつ、原因は母親にあると確信していた。

だから「まずは母親への怒りをどうにかしたい」と思ってワークショップに参加した。セラピーの際、幼児期より親から受けた性被害や体罰や精神的苦痛を涙と鼻水と一緒に溢れ出す言葉で語った。一通り話終わった際、ファシリテーターから「では、怒りをお父さんにぶつけてみてください」と言われ、戸惑った。母への怒りを解消したいと思っていたのに、お父さんに? 言われるままに、父親への怒りの言葉を言ってみたがぎこちなかった。自分の言葉でないような感覚で、気持ち悪かったのを覚えている。

その後、私が「でも父親からは『虐待』を受けたとは思ってないんです」と言った際、ファシリテーターが私の目を見たまま一瞬、絶句した(「目が点になった」感じたっだ)。その一瞬の反応をみて私は(あれ、私なんか変なこと言ったみたい。幼児期に父から性的なことをされたのがトラウマの原因だけど、暴行は伴ってないから『虐待』ではないのではという意味だったんだけど。おかしく聞こえたかな)と思ったのを覚えている。そしてこの時から私は「虐待ではない」という言い訳をして、父親への怒りを必要以上に感じないようにしていたのかもしれないと思い始めた。

意外な展開だったが、ワークショップが終わった後には、気持ちが軽くなっていた。

手応えを感じた私は個人セラピーをすぐに予約。性被害を受けた幼児の私や家族ひとりひとりと対話し、最終的には幼児の私に「ありがとう」ということができた。棒読みで心はこもっていなかったけど、頭で考えたら、言うことができた。幼児の私が、家庭内に私の居場所を作るために気持ちを押し殺したことで、私は大人になってからも本音が言えずに苦しんだが、当時の私にとってはベストを尽くしたのだった。それまで昔の私を責めていた。なんでもっと早く誰かに話さなかったの?なんでもっと早く家を出なかったの?なんでこんなに苦しまないといけないの?と責めては自分自身の存在を呪っていた。

個人セラピーを受けた後数日が経過し、これまで受けたセラピーでの気づきを書き残したいとと思った。そしてペンを持って大きい画用紙に向かうと思いがけず、幼児の私の似顔絵を描いた。しかも表情豊な顔が何通りも、面白いほどスラスラ描けた。笑顔も描けた。更に、幼児の私と現在の私の似顔絵と吹き出しを使って対話までさせることができた。私もそろそろ幸せな人生を歩みたいんだけど、いいかなぁ。幼児のわたしは複雑な心境のようで何も言わず、会話はそこで止まった。

以前にも女児を描いたことはあったが、仮面被っていたり、後ろを向いていたり、のっぺらぼうだったりしていたので、自分であるという確信は持てなかったけど、あの女児の絵もやっぱり幼児の私だったのだろうと思った。この時、絵を描くこと自体、何年振りかわからないほど久しぶりだった。昔はよく絵を描いていたが、いつからか描けないでいたから、画期的なことだった。私はファシリテーターに報告し、お礼のメッセージを書いた。

ゲシュタルトセラピーの生みの親であるフレデリック・パールズ(Fritz Peris)の「ゲシュタルトの祈り(The Gestalt Prayer)」にも救われた。

私は私のために生きる。
I do my thing.
あなたはあなたのために生きる。
You do your thing.
 
私はあなたの期待に応えるためにこの世にいるわけではない。
I am not in this world to live up to your expectations.
あなたも私の期待に応えるためにこの世にいるわけではない。
You are not in this world to live up to mine.
 
私は私。
I am I.
あなたはあなた。
You are you.
 
もし偶然が私たちを出会わせたなら、それは素敵なことだ。
If by chance we find each other, it's beautiful.
そうでなら仕方ない。
If not, it can't be helped.
ゲシュタルトセラピーを二回受けた後、また受けようと思いつつ、その機会がないまま時間が過ぎ今に至る。その間も過去の自分だったら想像できないような変化がたくさん起きた。自分らしい結果が出せたことに喜びを感じたり、古い癖がなかなか治らず人間関係に苦労したり、山あり谷ありの激しい年月が過ぎた。

全てに言えることだが、ゲシュタルトセラピーも継続する必要があるのだと思う。私はいまだに彼氏にキレたり、モラハラをしてしまうからだ。

かと言って何も変わっていないのか?といえばそうではない。彼氏も「前より改善した」と言っている。希望はある。けど、やっぱり絶望感に苛まれることも多々起きては鬱になる。そんな自分をも受け入れることが大切と頭ではわかっていても、身体がベッドから起き上がれなくなることも頻繁にある。

例えば「旭川性虐待隠蔽事件」などを知ると、現実を知ることの大切さを思い知らされると同時に、戦後から根本的に何も変わっていないようにみえる日本の隠蔽体質に絶望感を覚えざるを得ない。こんな世の中で生きていることに意味はあるかの?と答えのない迷路の中を彷徨って無力感に苛まれてしまう。そして、何かの拍子にキレてしまう。再び自己嫌悪のループに陥る。

答えを本の中に見つけだそうとネット検索したら、「キレたくないのにキレてしまうあなたへ」という本を発見した。ゲシュタルトセラピーを日本で広める第一人者でファシリテーターの岡田法悦さんの著者だ。キレるメカニズムや自分でできるゲシュタルトセラピーを解説している。マンガ・イラストは田房永子さん。
 
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 岡田さんは「はじめに」で次のように解説している。「キレることについて書いてある本があまりないなかで田房さんの本と出会い、このことで悩んでいるのは自分一人ではないことがわかってホッとしたという人がたくさんいました。そして、相談に来る人々のカウンセリングをさせていただくことで、キレるメカニズムがよくわかってきたのです。」
 
私はこの数行を読んだだけで、「なんと素晴らしい連鎖反応だろう」と感動した。世の中は負の連鎖で溢れかえっているのに、負の連鎖を断ち切って、希望の連鎖を生むこともできるということを改めて証明する言葉だった。
 
私も父親から受けた性的加害を無意識のうちに弟にした。弟は許してくれても、私自身が自分を許せない。母親からされたモラハラは、現在も彼氏にしてしまう。私なりに努力はしているが近頃、再び絶望感に苛まれていた。

一方で田房さんは、自身の苦しみに向き合い続け、解決策を見つけて、発表することで、多くの人を孤独と絶望から救い、実践可能な方法へと導くだけでなく、セラピーを施す側の人たちの理解をも更に深めているという。
 
努力の積み重ねの過程に希望があることもある。実例を知り、再び気づいたこと自体が希望だ。この文を読んだ時点で、手に取ってよかったと思った。

本編も読んた。すると驚いたことに、ひとりでできるゲシュタルトセラピーの方法の中に、私が行ったようなこともいくつか紹介されていた。子ども頃の自分に感謝すること、自分の絵を描いて話しかけることなどなど。自分のフィードバックも役に立てたんだと思うと、嬉しくなった。
 
ゲシュタルトの祈りの言葉にも改めて感銘を受けた。私に足りなかったのはコレだと改めて思った。だから毎朝、朗読すると決めた。彼氏にキレしてしまう友達にも祈りの言葉と本を紹介し、感謝された。自分も希望の連鎖の中にいることに喜びを感じた。

そして再び、田房さんの「キレる私をやめたい」を読み返した。2回目に読んで、自分の中で起きていることに対する理解が更に深まった。一度通読して感動していたのに、まるで初めて読むくらい新鮮な部分が多かった。

それに漫画の凄さにも改めて感心し、私も自分の経験を基に発信する仕事につこうと改めて思った。私が鬱の時に田房さんの漫画に救われたのは、内容もさることながら、活字が読めないほど気力を失っていたこともある。漫画だと笑いの要素も入っているから、気持ちも楽になりやすい。希望の光だけでなく、進路まで見えてきたかもしれない。


紹介文献

キレる私をやめたい〜夫をグーで殴る妻をやめるまで〜田房永子
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キレたくないのにキレてしまうあなたへ/岡田法悦


母がしんどい/田房永子
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