安楽死に生きる

「恵まれた家庭で特別な愛情を受けた」と思い込もうとしてきたが、実際は父の強制わいせつ等を4歳から受け始め、母からも体罰など受けていた。思い返せば幼児期からあらゆる精神症状が出ていたが、自覚し始めたのは20代後半。治療を続けるうちに「虐待」を徐々に認めることができた。すると私自身も弟に性的虐待等をしてきたことに気づいた。現在は、恋人を言葉の暴力や浮気などの裏切り行為で精神的に追い込むDV女(38)に豹変する始末。世の生き地獄で見つけた唯一の希望が「安楽死」。その日まで子供への性犯罪がない社会を想像・創造する

21 人の痛みがわかりすぎるほど苦しみたくないけど、人の痛みがわからないほどは幸せになりたくない

今朝は、YouTuberで今一番人気という男性仲良しグループのリーダーのインタビュー動画を観て、複雑な気持ちになった。

 

彼らは自信に満ち溢れていて、楽しいと思うことをやっていて、仲間と共に大成功しているという話を聞いて、単純にすごいな〜と感心する。

 

年は私よりくらい10歳下で、新しい世代。動画をチラッと拝見したら、仲間からの手紙を読んで号泣するリーダー。一昔前の男たちは「男は泣くな」と教育されてきたのに、いつの間にかジェンダーの壁を軽々と超えている。女性と男性の視聴者の割合も5:5というのもうなづける気がする。もちろん、古い世代が口を酸っぱくして「男女平等」というスローガンを掲げて土台を作ってきたことも無駄ではなかったということだろう。

 

私は色々な理由で、世の中で輝く選択肢を失った存在だ。闇の世界に存在する人間だから、日の目を見ることはないだろう。星の輝きを見るために闇があるように、自分を闇として肯定していくしかない。

 

私には閉ざされた道も、新しい世代の子たちにはその道が開かられるかもしれない。そのことを希望として、私は残りの人生を使う。

 

ということは私も古い世代から見たら、羨ましいほどに恵まれているのだろうか?そういう部分もあるだろう。だって私は戦争の時代を知らない。空腹を感じたことがない。昔よりは男尊女卑が改善している。

 

彼が言っていた。

「あなたは僕と話すのが幸せなんでしょ」と。

確かに、そうだ。

私は普段、人に自分のことをあまり話さない。

話したいと思える相手があまりいない。

彼曰く「不幸な人って幸せじゃないのではなくて幸せに気づかないんだ」と。

確かに、私は幸せに気づいていないことも多いのかもしれない。

ただこうとも言える「幸せを感じるのが怖い」

幸せを感じ、その後に絶望したら、幸せを感じた分だけ悲しいから。

だから常に疑う。

疑っていれば、裏切られた時に傷つくのを軽減できるから。

 

やっぱり、私は根が腐っているのかな。

 

腐っていたとしても

私には、彼氏がいる。

それだけでも幸せだ。

 

彼の声を聞くと、そう思えることもある。