『きんしんかん:性加害のニワトリとたまご』

ある本がきっかけで、逃げるように東京に移住した日系アメリカ人の斎氣心。初めて心を開ける人に出逢うも、彼にDVをしてしまう。確執が長年ある母親のような自分に絶望した。原因は、母の「躾(暴力)」と女性ホルモンだと考え、低容量ピルYAZを服用したが、副作用で臨死した。古今東西の代替医療による精神治療を試行錯誤する中、幼児期に父親から受け始めた猥褻を自覚する。それでも問題が雪だるま化するため、両親に虐待の事実を問いただした。しかし己の被害を自他に明示できた瞬間、自分もきょうだいに性的加害をしていた記憶が蘇り...

【14】実父から受けた性的虐待の例

時系列順

 

0歳。私の尻や陰部の写真を撮ってアルバムに貼った。

 

推定4歳、就寝中に陰部を触られ、逃げた。

翌朝、母親から「お父さんがめごめごしてくれたんだって?良かったね」と言われた。

 

トイレには猥褻雑誌が常に置いてあった。

 

両親の寝室には猥褻ビデオが山積みになっていた。

 

クローゼットの中には猥褻雑誌が山積みになっていた。お仕置きとして、その中に閉じ込められたことがある。

 

膝をくすぐるように触ってきた。気持ち悪かった。

 

小学生高学年の頃。ノースリーブの裾から胸を覗かれていた。母親が父親を叱ったため、気づいた。

 

猥褻な文が書かれてある原稿用紙を私が見えるところにも置いてあった。

 

毎日、風呂に入る前にいつも全裸で私の部屋の前を通った。

 

10代後半。私の部屋のドアをノックもせずに勝手に開けて、無言で覗いて、そのまま立ち去った。

 

20代後半。突然、神保町のアダルト媒体専門店に連れて行かれた。

 

SNSアプリLinkedinで、父親から申請が届いていた。父親の職業欄には「官能小説家」と書かれていた。

 

30代前半。水泳中の私の尻だけの写真を撮られた。それを私に見られると「あ、いけない」と言って隠そうとした。

 

などなど

 

「児童期性的虐待の規準」の重度1以外の2~4に全て当てはまる。