「やめて」・逃げて・話して。性被害の解離から始まった生い立ちと脱・毒親 CPTSD歴35年の『犯免狂子』

4歳頃より、性加害・心理操作・体罰等を「愛情表現・躾」として両親から受け続けた事による無数のトラウマ症状(CPTSD歴35年強)を古今東西の療法で試行錯誤中。児童性虐待予防・啓発のため自伝『犯免狂子』執筆中✒︎安楽死に向けて準備中✴︎①性的な言動・表現が子共の人生を狂わす事を「無自覚」な人が過多②被害者:あなたは悪くない。早く人に話して→電話番号#8891匿名電話相談③水着で隠れる場所は見せない・触らせない/見ない・触らないを基本に「やめて」が言える性教育(出産・子育リスクも)+法改正を

27「死ぬ権利」スイスでは非移住者も「安楽死」可

免責事項:私は自殺願望があるため、自分のために安楽死を合法的にできる場所・方法について調べ理解を深めるためにアウトプットしています。特定の人に死んで欲しいとは思っていません(他人のことを考えている余裕なんてありません)。自殺教唆*1は犯罪です。

 

どうか、安楽死を考えている人、または生きようとしている人の邪魔をしないでください。誰しも誕生することは選べなくても、寿命まで生き延びるも、死ぬタイミングを選ぶのも、個人の自由です。他人の生き方・死に方に口出ししないようご配慮いただければ幸いです。

 

 

「私は十分に劣化しました。身体が滅んでいくのを観察しながら、私は「空っぽだ」と思ったんです。」*2

 

そう話すのは、ALSの男性患者クレイグ・イーワート(Craig Ewert)。病気が悪化してから安楽死を真剣に考え始めたと言います。本当に実行したいのか、いつ実行に移すのか、妻と話し合った上で決めたそうです。

 

行う場所は、スイスのNGO団体「Dignitas(ディグネタース)」。

 

オランダ、ベルギー、米オレゴン州でも可能ですが、スイスでは法律上、唯一非移住者でも、安楽死ができます。

 

またスイスでは、どんな難病を抱えていなくても安楽死が選べます。しかしスイスのマスメディアが、自殺をしに来る人のことを「スエサイド・ツーリスト(自殺観光客)」というネガティヴな印象を与える言葉や報道をしたため、ディグニタースに批判が殺到。スイス当局は末期の患者にしか安楽死をしないよう、圧力をかけました。

 

このため、心臓発作を患う夫が安楽死したら、生きる糧がなくなるため同時に安楽死を希望していた身体的には健康な妻が該当しなくなってしまいました。

 

 

「スイスで安楽死の権利を得た日本人が思うこと」という記事を見つけ、安心感を覚えました。コメント欄にこんなにもたくさんの人が「安楽死に賛成」と書き込んでいるのが、新鮮であると同時に、自分が考えていることを代弁されているようで、心強いと感じました。「死にたい」という正直な気持ちに自信を持っていいんだ、と思いました。自分がただ根暗な人間なのではなくて、この世の中が暗過ぎるから、こうなってしまっただけで、正常な反応だ。生きることに絶望しても、死ぬことにはまだ前向きになれている、この人生での最後の希望がまだ残っている。そんな風に思えたら、自分のことが少し好きになれた。私は宣言する:安楽死する権利を行使する。

 

勇気が湧いた・共感した・代弁してくれたコメントの一部:

 

賛成です。生きたいと思っている人が肩身が狭くなる、楽して死のうとする人が増える、それは苦しんでいる本人にとってはなんのためにもならない議論であり、足踏みするだけのタラレバ議論です。誰のための議論なのか、もう少し考えてほしいです。不治の病などで苦しみ安楽死を希望する方などは、決して軽い気持ちでそれを訴えているわけではないとおもいます。信じられないくらい長い間、生きていく事への恐怖や苦痛と葛藤し、それでも精一杯前向きに生きようとした人の最後の訴え、唯一の希望ではないでしょうか。生きる権利なんて当たり前です、それと同様に、生き方=生の終わらせ方を選択できる権利があってしかるべきであり、それが安らかなものであって何が悪いのか、そうおもいます。

 

生きる事に大した理由なんていらないのに死ぬ事に三者を説得させる深い理由が必要なのが不愉快です。

止めた所で死にたい人間は何をしようが何を言おうがどんな手を使ってでも死ぬ。それも安楽死するよりも遥かに孤独に、悲惨にね。そうさせた張本人達がお葬式じゃお涙ほろり、ってか気持ち悪い。心底吐き気がしたよ。もう限界だ、死なせて欲しいって泣いてた人間に死ねと変わらない「生きろ」って暴言を吐いたくせに。気持ち悪い中身スッカラカンの綺麗事大好きな日本じゃ無理だろうけど、安楽死制度は必要な権利だと思う。

安楽死賛成です。医療の向上と共に生きたい人が生きられるようになったのはいいことですがそうでない人も生きられる世の中になってしまった。生きるのは楽しいことばかりではありません。生きたい人が生き、生きたくない人は安楽死というものが選択肢にあってもいいのではないかと思います。人に迷惑をかけてまで生きて意味があるのでしょうか?迷惑にも度合いがあります。かけていい迷惑もあると思いますがお互いが傷ついてまで生きる必要はあるのでしょうか!?当事者同士がそれでよしとするならいいですが共倒れするくらいなら、本人がそれを望むなら安楽死も選択肢の中に入ればお互いが救われる気がします。

 

認められるべきだと思います。病気である、健康であるに関わらず、どんな人にも選ぶ権利はあるのではないでしょうか。自分はどのように死ぬんだろうと想像するときに、どうしてもそれが穏やかであって欲しいと願わずにはいられません。どうしようもなく生きているのがつらいときに、安楽死が権利として認められていたら、それだけで心がどれだけ救われただろうと何度も考えました。生きる権利が誰にでもあるように、自らの死を選ぶ権利も誰にでも等しくあると思います。生きることだけが正しいわけじゃない。死は、確かに取り返しのつかないことだけどいつどんな形で訪れるのかわからないそれに恐怖しているよりも、自分で描いた最期を過ごせたら、それはひとつの幸せだと思います。絶望の中で巡り会う死じゃなくて、希望に向かうための死が安楽死という形であってくれたらいいのになと思います。

安楽死に賛成と言うより、安楽死は人の権利の1つだと思います。生まれる場所や環境は選べませんが、生き方、信仰、信条は他者に危害を及ぼさない限り、自由に選べます。ムシロ選ぶ権利があります。ならば、人生の終わらせ方、終わらせる時期も、他者に危害を及ぼさない限り自由であるべき。安楽死を認めないのは、人としての権利の侵害だと思います。くらんけさんが、最後の時まで良く生き、望みのままに死を迎えられるようお祈りして止みません。私も望むように良い生と死を迎えられるようになりたいと、希望して止みません。

 

 

安楽死に賛成です。犯罪が減ると思います。自分の最期を決めていれば、それまでの人生充実、納得して生きていけるからです。

 

「生きる権利」があるなら、「死ぬ権利」もあって然るべきだと思います。普段は人権、人権とうるさいくせに。

 

私は安楽死に賛成です。安楽死が選択肢の中に入ることで、国民の人生が豊かになると思います。もう生き地獄はうんざりです。

 

私は毎日生きているのが辛いので、日本で安楽死が認められる日が来てほしいです。近いうちに死を選択できると思ったら死ぬまでに何をするか考えました。少しポジティブな気持ちになれました。なので、死ねることはお守りになるというのにはとても納得できます。でも、死ぬ権利に合理性が必要なのは納得はいきません。もし、合理性がないと判断されて安楽死を拒絶されたら、私は自力で自殺する方法を考えます。

安楽死に賛成です。自殺とは生きるのが苦しくて苦しくて、その結果、生体としての生きるエネルギーを消失させるための大きな力を身体に与えて死ぬ必要があるのです。そこまで苦しんだ人に最後に更なる苦しみを与えて、それこそ残された人もそのことが頭をよぎって苦しくなります。「死への旅立ちだけでも安らかだった」となればまた違うと思います。ある程度の厳しい審査は、本人にもう一度見つめ直してもらうためにも必要かと思いますが、死の選択肢がないことは絶望しか生まないと思います。

安楽死は賛成です。人生の終わりをどうするかを決めるのは個人に与えられた最大の権利だとおもいます。生き残る人のために耐えがたい苦痛を耐える必要があるのでしょうか。

 

安楽死は認められるべきだと思います。今年の2月に死にたいと思うようになり、半年たった現在も波のように死への欲求がきます。理解されないと方もいるかと思いますが普通の日常を過ごさなくてはいけないけど、心の中は死を望む日々はただの生き地獄でしかないです。日本に戦争はありません。その代わりにこういった心に病を抱え、自殺を選べない人に対して死ぬより辛いことを押し付けてるのが日本です。自殺できないくせに馬鹿言ってると思うかもしれませんがそういう人は世の中沢山いると思います。自殺はダメとか心が弱いとか野暮なことは言わないでください。自殺した人の勇気、気持ちを馬鹿にしてはいけない。それだけは沢山の人にわかって欲しいです。その道しかない時に自殺するのだから。

私は安楽死に賛成です。患者を救うというのは生かす事だけが正解ではないと思います。

安楽死は中絶と同じく認められても良いと思います。医療が何のためにあるのか、「生命を生き長らえすため」ではなく、「人々が豊かな生活を送るため」という認識になったら理想かなと。。。私は、自分の最後は自分で決めたいと思います。後悔が無いように、声が出せるうちに、体が動かせるうちに、会いたい人、感謝を伝えたい人に目一杯気持ちを伝えて見守られながらみんなが幸せな気持ちで最後を迎えたいです。そのために、安楽死という選択は認められてもいいんじゃないかと思います。

 

 

自分は安楽死に賛成です。幸いなことに自分は健康な体で生まれてきて、今のところ健康な1人の学生です。だから安楽死をしたいと思う人の気持ちを完全に理解することはできません。でも、くらんけさんがそうであるように、障害のために迷惑をかけたくないから生きたくない、という人が多くいるのは事実です。死ぬことが悪というような日本の考え方も倫理的には大事ですが、一生懸命生きてきてそれでも辛いのに、生きなきゃいけない。それをさせるのも違う気がします。安楽死は悪でもなんでもない。安楽死は人として立派に生きた証拠だと思います。

 

安楽死に賛成です。早く安楽死について議論して法律を作ってほしいと思います。自分は体の筋肉が萎縮していく病気ですが、将来体が動かなくなったらどうしようかといつも考えています。でも安楽死が認められたら、生きるのが辛くなっても、楽に死ねると思ったら勇気をもって生きれると思います。長い間苦しんで生きるなんて誰も望んでいる人などいないはずです。安楽死に反対の人は結局自分が元気だから、他人事のように思っている人が多い気がします。命は尊いものですが、その命をどうすべきか自分で判断できる世の中になってほしいです。

安楽死を認めないのであれば、国が「その人が生きたいと思える措置」をとるべき。そうでないなら安楽死を認める。それに尽きるのではないでしょうか

この世に生まれたくて生まれたわけではありません。生まれたことに満足している人は良いですが、後悔している人もいます。人生の最期を自然に任せるのでは無く、自分で決められる権利を認めて欲しいです。

 

 

安楽死はまったく悪くない。その人その人個人の人生がある。幸せで豊かな人生もあれば、苦痛が多い人生もある。幸せな人が苦痛の人生を送っている人の人生の責任を負ってくれるなら、まだわかる。けど、幸せな人は、ネットで、テレビで、好き放題言い、自分はじゃあなにをするのかというのを聴いたことがない。ALSの死についても、じゃあ、安楽死を否定する人は、ALSの人のために、治療の薬かなにかを開発するための研究費用をどこまで出すのか。ぼくは治療費も研究開発費も出せない。出せない。だから死を認める。生きるのも認める。人の生死に関して他者がああだこうだ言うのは、馬鹿げてる。だけど、安楽死反対!と声高に叫ぶ人間がいかに無責任なのかをぼくは知っている。責任を負おうとしないくせに、なになにはだめ、これこれはいい。ふざけるな。とにかく、ぼくは安楽死、大賛成です。

 

 

*1:自殺教唆罪とは、「自殺意思のない方に、故意に自殺意思を生じさせることをいいます。自殺を決意させる方法には、特に限定はありません。」

*2:"I've deteriorated enough. You can only watch so much of yourself drain away before you kind of look at what's left and say this is an empty shell."

24 #小児性偏執 ペドファイル PEDOPHILE

子どもを性的対象にする大人「ペドファイル(pedophile)」について、私が昔から違和感を抱いていたことを森田ゆり氏が著書『子どもへの性的虐待』で言語化されている。

 

小児性愛」という欺瞞*1

 

「性愛」ではなく「暴力」

 

ペドファイル(pedophile)とは、日本語では「小児性愛者」と訳されている精神医学用語の診断名である。この訳語は新しい言葉に書き換えなければならないと思う。

 

Pedophiliaのpedoは小児という意味。philiaとは偏執*2という意味だ。だからnecrophiliaは死体(necro)偏執(philia)とは言っても死体性愛とは普通は訳さない。zoophiliaは動物偏執で、動物性愛とは訳さない。ならなぜ、pedophilliaを「小児性愛」と訳し、pedophileの訳語は「小児性愛者」なのか。

 

彼らの行為には「愛」も「性愛」もない。あるのは「暴力」であり、「性的虐待」である。だから「小児性愛者」ではなく「小児性虐待者、または「小児性虐待偏執者」、あるいは「小児偏執淫行者」などの訳語こそがペドファイルの真の姿である。

 

このことは単に訳語の好みの問題ではなく、子供への性的虐待をなくすための重要なポイントである。このテーマに関わるスタンスをどこに置くのか、誰の視点に立つのか、加害者に共感するのか、被害者に寄り添うのかの問題である。

 

森田ゆり(2008)『子どもへの性的虐待』(岩波新書)p.45-47 

 

 

「愛」という言葉が入っているだけで、どこかで「愛し・愛されていたのなら仕方ない」という言い訳につながる恐れがある。

 

子どもを性的対象にする大人の中には「悪気がなかった」「愛情表現だと思った」「子どもが求めていると思った」などと己の行為を「正当化」する人がいる。しかし、その認知の歪みこそが、子どもにとって恐ろしいことなのだ。どういうことか。

 

ペドファイルが子どもを襲う前「信頼関係」を築くために行う「手なずける行為」のことを英語で「グルーミング(grooming)」という。例えば、子どもの話し相手になったり、一緒に遊んだりして、様子を見ながら徐々に肌と肌を触れ合う機会を増やし範囲を広めてゆく。そして、子どもから「信用」を得たと思った時に、性行為に及ぶのが手口だ。

 

しかし、大人がいくら「信頼関係を築けた」と確信し「愛情表現の一環として」子どもと性的行為をした場合も、許されることではない。なぜなら、「子供は大人に対して圧倒的な力関係・知識・発達・経験などあらゆる面で不利な立場にいる」ことには変わりないからだ。そのような格差を埋められない関係性において「子どもにも選択の自由があった」とは言えないのである。

 

「NOが言えない・言いづらい関係」において、「主体的なYESはあり得ない」。だから子供は、大前提として、大人に対しても誰に対しても「NOが言えるようにならなければならない。

 

NOが言える前から、子供の体や精神に、力が強い大人が侵入してきたら、子供はNOを大事な言う機会を奪われてしまう。

 

NOが言えないと言うことは、黙るかMAYBEやYESしか言えなくなると言うことだ。そんなことでは、他人の思うままに扱われて、自分自身で自分を守れない人間に育ててしまうことになる。

 

大人から性的虐待を受けた経験のある子どもは、トラウマの後遺症の一つとして性行動過剰になることが少なくない。そのような場合においても「自他との適切な境界線」というものを尊重する姿勢を見せることが大人には求められている。むしろ、その子どもが学ぶ機会のなかったことを教え直してあげることが大切だ。

 

子供であれ、大人であれ、最終的に自分を守るのは、自分自身である。自分で自分を守れるようになって、初めて他人に適切に頼めるようになる。生きていくために必要不可欠な、自尊心・自立心の芽を小さい時から踏み躙る、大人から子供への性的行為が絶対に許されないのは、このような理由がある。

 

子どもに言葉を教えずに、思春期から突然、異国の方言で溢れかえった環境で野放しにしたらどうなるだろう。どんなに歳を重ねてもコミュニケーションが上手くいかずに、苦しむのではないだろうか。

 

算数で、足し算引き算の前にいきなり掛け算を教えないように、国語でひらがなカタカナを教える前に四文字熟語を教えないように、段階を踏むことが必要。応用問題はその後にくるはずだ。

 

YESの前にNOを教える。人と人が交わる方法を教える前に、自他との間には見えない境界線があることを伝える。性教育に求められているのは、他の教科と同じように基礎から順に学ぶことだ。そして今からでも大人も学ぶことだ。

 

近親姦についてのドキュメンタリーで、加害者の多くが幼年期に家族や知人の大人から性的虐待を受けた被害者であったことが著しいことを知った。

 

つまり加害者は、自他との境界線を学ぶ前に、大人からその境界線を侵害され、それを正当化する言動をみて育ったから、教わった通りに成長してしまったのだ。

 

子どもに正しいことを教えるには、まず大人が正しいことを実践しないと始まらない。子どもの未来は、今の大人にかかっている。

 

 


 

www.youtube.com

 

 

 

 

*1:欺瞞(ぎまん)とは、人をあざむく・だます・嘘をつく、という意味の言葉。Weblio辞書

*2:片寄った執着。一つの考えに固執すること。偏見によって他の意見を受けつけないこと。片意地なこと。へんしつ。コトバンク

19 私が障害年金を検討しているワケ

持病のうつ病で、仕事も日常生活もままならなくなっている私。年中無休・日中も夜中もワーカホリックだった頃に稼いで(でも他人に「NO」が言えず、ほとんど散財した)わずかに残っている貯金を切り崩している。でも、それが尽きることを想像すると不安で不安で、鬱病がさらに悪化し、身動きが取れなくなってしまう。

 

 

私の場合は鬱だけでなく、怒りを彼氏にぶつけて精神的に追い込んでしまったり、人間不信から無意識に人を裏切る言動をして人間関係を自ら壊したり、自分や身近な人にも危険な目に遭わたりする。生きているだけで、障害物のような存在だと自覚している。

 

 

これらの症状を専門用語でいうと「複雑性心的外傷後ストレス障害複雑性PTSD/C-PTSD)」という。さらにこれが月経周期に伴って悪化する「月経前増悪(PME)*1も併発している。該当する精神疾患や症状は他にもたくさんあるけど、ここでは割愛する。

 

 

自分の「複雑性PTSD(C-PTSD)」の根源には「4歳の時から父親に強制わいせつ等をされ始めた」などの虐待に遭った過去のトラウマがある。そして今、なによりも辛いのは、大切な人を自ら傷つけてしまうことを抑えられないこと。生きることに希望を持てなくなり「やっぱり安楽死をしよう」と考え始め、死ぬことに前向きになり、死に支度を始めた。

 

 

私がリストカットや首吊りなどの道を選ばないのは、痛そうで苦しそうだから。生き延びるだけでこんなに辛いのに、死ぬ時までも苦しまなくてはならないのは理不尽過ぎる。誕生は自分で選べないんだから、せめて死ぬときくらいは楽に自由にさせてくれ。

 

 

殺る時は、安楽死が合法なオランダで、と決めている。同じく幼少期から親の虐待によって精神疾患を患っている親友Mがオランダに住んでいて「その際はお世話になります」と伝えてある。彼女も以前、安楽死を希望し、施設で説明を受けたので色々と教えてもらえて頼もしい。実際、色々な条件をクリアしないとならないそうなので、誰でもすぐにできるわけではなく、準備が必要だという。

 

 

死ぬ方法や場所を選択したところで、今すぐに実行できるわけではない現実に突き当たる。死に支度にも段取りがあるからだ。立つ鳥跡を濁さず。安楽死に向けて、一歩一歩、確実に行動せねばならん。

 

 

まず私には今世で、罪を償わなくてはならない人がいる。彼氏だ。私は浮気・二股かけて彼を傷つけた。言葉の暴力で彼を精神的に追い詰めてきた。これまでの罪滅ぼしのために、彼を看取ることになっている。これは長年お世話になりっぱなしの彼の希望らしい。こんな私と連れ添ってくれる彼の人情の深さが理解できない。......いや、私が「彼と離れたくない」と泣き喚くから、「それならせめて看取れよ」ってことなのかも知れない。そっちの方がしっくりくる。こうやって、私は常に人を疑ってしまう性分なのだ。いずれにせよ、安楽死は彼を看取った後にすると決めた。

 

 

しかしそれまで、彼に迷惑をこれ以上かけないためにも、精神科医に通院する必要がある。でも通ったからといって奇跡的に直ぐ良くなるような単純な病ではない。私の場合、訳あって薬に頼らない心理療法、カウンセリング、代替医療などの治療を選択しているため、保険が効かない自己負担額が大きい。そのため、通院すればするほど医療費が生活費から削られるという不安が強化される。そこで例の友人Mから「障害年金」を申請することを勧められた。

 

 

実はもう随分前から何度も薦められていのだが、その頃の私は今とはだいぶ状況が違う。少し前までは仕事への意欲がまだ残っていた。仕事をして、お金を稼げば、経済的自立できる。そうすれば、この資本主義社会ではなんとかなる。だからこれまで仕事を第一優先にしてきた。

 

 

仕事への意欲は人一倍強かった。幼児期から「早く大人になりたい」(一人の人間として扱われたい)という強い想いがあったからだ。10歳の誕生日に、父親に土下座をして「店を手伝わせてください」と頼み込み、毎週日曜は朝から晩まで仕事をしていた。「仕事をすれば早く大人になれる=人間として扱われる」と勘違いしていた。どんなに仕事をしても、経済的に自立しても、親は私を人間扱いしなかった。短大学生の時、自分から家に毎月2万円払い始めた。それでも私の意見や希望が受け入れられることはなかった。

 

 

21歳の頃には、そんな息苦しい実家を離れて、学費と生活費を貯金で賄えるほどまでの貯蓄があった。お金さえあれば、親と一緒に暮らさなくてもいい。自由が手に入る。と、またまた勘違いしていた。親元を離れても、親は電話で束縛してくる。電話を拒否できたころには、もう既に親が望むようなツマラナイ人間に自分が仕上がっていた。もはや自分が誰で何が好きで何がしたかったのか、思い出せないほど人格が変わっていた。学費と最低限の生活費以外、稼いだお金の使い道も知らないまま、自分の時間を切り売りし続けた。

 

 

紆余曲折を経て30代後半になった今、お金を稼ぐということにさえ意欲がなくなってしまった。これまでにない感覚で、とても不安だ。お金を自分で稼げない分、他人にお願いしなくてはならないことが増える。私は人に頼ることが苦手なようで、なかなか行動に移せない。

 

 

でも一歩づつ、できていることもある。数日前、社労士に相談した。今日は別の社労士と電話して、今まで通ったことのあるクリニックで受診日や病名を確認するように指示を受けた。

 

 

障害年金という制度を知れば知るほど「ここが変だよ障害年金」と思うことが多い。効果的だけど高額なカウンセリングやセラピーを長年受けてきたにも関わらず、それらは全く認められず、薬を処方してもらっていないと「治療する気がない」と判断されるとか、おかしすぎる。私は現に、精神安定のために飲んでいた低用量ピルの副作用のお陰で死にかけたからだ(しかも処方した男のヤブ医者は「副作用は全くありません」とまで言い切っていた)。処方された薬でうつ病が悪化した友達だっている。こんなの有名な話ではないか。国が医療業界とグルになって安い薬でボロ儲けしたい魂胆が見え見えなのが腹ただしい。その他にもハードルがものすごく高く感じる条件が多く、落とし穴が沢山。特に精神疾患の患者は病状を軽く見られる傾向にあるのが辛い。言い出したらキリがなくなるので、詳しいことは後日、言及したい。

 

 

これまで、障害年金について真面目に考えてこなかった。万が一拒否されたら立ち直れないと思ったからで、そんな現実と向き合いたくないなどという恐怖心が根底にあったからだ。日本は、弱者には厳しい社会だと心得ている。弱者の私が助けてもらえるなんて期待したらバカを見るだけだと思っていた。今もそう思っている部分がある。

 

 

でも、そんな悠長なことを言ってられない。あと約一年で貯金が尽きる。そういう時は生活保護があるのかも知れないが、生活保護だって審査が厳しいと聞く。もらえるかわからないのに、貯金が尽きることを想像しただけでも不安が強まり、症状が悪化する。障害年金だって着手してから入金まで6ヶ月はかかるという。それも審査に通ればの話だ。

 

 

とにかく一か八かで賭けてみないと、何も始まらないと思って、行動に移してみている。

 

twilighthues.hatenablog.com

 

 

 

 

*1:

18 幸せな人生を送るうえで 最も大切なことは、 良い人間関係を築くこと

幸せな人生を送るうえで
最も大切なことは、

良い人間関係を築くこと。

 

これはハーバード大学で75年間にわたり行われた研究結果。

 

研究チームを率いるロバート・ウォールディンガーによると、

良い人間関係とは、困っている時、それが夜中であっても、電話できる相手がいること。

 

なるほと、私にとってそれは彼氏だ。

常に不安と不信と恐怖が強い私に

唯一安心感を与えてくれる人。

どんな時も信頼できる存在だった。

なのに、私は彼にとって頼れる存在ではなかった。

私が浮気をしている最中、

彼からの連絡を取らない・取れないことがあった。

私は彼を不安にさせ、女性不信にさせた。

彼は私を信用できなくなった。

 

ならば、私はこれから、彼にとって頼りになる存在になってゆけばいい。

 

しかし、トラウトを向き合わずにいると、

良い人間関係に恵まれたとしてもそれを自ら壊してしまいかねない。これは、私のいつものパターン。

 

だから、感情やストレスを発散させることが大切。

 

セラピストを見つける。

自助グループに参加する。

ワークショップに参加する。


Thus, if you've found love (in the form of a relationship, let's say) but you undergo a trauma like losing a job, losing a parent, or losing a child, and you don't deal with that trauma, you could end up "coping" in a way that pushes love away.

 

This is a very good reminder to prioritize not only connection but your own capacity to process emotions and stress. If you're struggling, get a good therapist. Join a support group. Invest in a workshop. Get a grief counselor. Take personal growth seriously so you are available for connection.

 

 

It's really the people you feel you can count on when times get hard. So there are people who are not partnered - don't live with anybody - but have close relationships.

They have people they feel they can call in the middle of the night if they were scared or sick. And that's really the glue that both connects people and seems to keep people healthier.

https://www.npr.org/transcripts/481401234

 

【16】『先生、私の隣に座っていただけませんか?』

映画『先生、私の隣に座っていただけませんか?』*1を観て感動した。

 

夫の浮気を知った後の主人公・佐和子。その冷静さには見習いたいものがある。私は怒りと悲しみで冷静さを保てず、佐和子のように上手に復讐できなかった。

 

物語の最後には清々しさを覚え、スカッとする。

 

私もこれまで私を裏切ってきた父親をはじめとする憎らしい男たちに復習したい気持ちがある。それを実行に移す時は、佐知子を参考にさせてもらおうと思った。

 

男たちから散々傷つけられてきた私もまた、人を裏切り傷つける人間になってしまった。その一例として、彼氏がいながら何度も浮気をした。私もいつ、彼から復習されてもおかしくない身だ。覚悟しておかないといけない。

 

それにしても黒木華さんの安定感のある自然な演技はいつもても素晴らしい。黒木さんが出演している作品はいろいろ拝見しているが、どれもいい。それは彼女が出演しているからなのだと思う。「私、演じていますっっ」感がゼロだから、安心して作品に集中できる。

 

映画『先生、私の隣に座っていただけませんか?』はAmazon Primeビデオで視聴した。

*1:

【13】「善友」の反対、避けるべき人

度々、人生につまづく時にお世話になっている和尚さんの悩み相談、YouTubeチャンネルの「大愚和尚の一問一答」。昨日も聞き流していたら「善友(ぜんゆう)」という言葉が気になった。*1 

 

良き友と書いて「善友」。それは、友の心が不安定な時に、守ってあげられる人のことをいう。その説明を聞いていると、私の彼氏のことだ!と気づいた。

 

私は常に恐怖心を根底で感じていて、気性が荒く、情緒不安定で、彼を振り回してしまうが、彼は平常心を保ちながら、私に安心感を与えてくれる存在だ。「仏のような人だな」と常日頃から想ってはいたが、そうか、彼は私の「善友」だったんだ。

 

嬉しくなり、私は彼に電話した。

「もしもし」

「もしもし、あなた仏教に詳しい?」

「いいや」

「そうなんだ。今、和尚さんの話を聞いていて、仏教の教えの中であなたのことが出てきたから、もしかしたら、と思って。」善友の説明は省略した。

「知らんよ」

「じゃあ、あなたは天才ね」

「そうかねぇ」

「私、あなたのことが大好きです」と伝えると、彼は少々迷惑そうな返答をした。

「あんまり、こういうこと言わない方がいいかな」と聞くと、彼は「うん」と言った。

彼は「綺麗事」を嫌う人だということは私も承知の上だった。

その理由は「善友」の反対の「悪友」の特徴だからだろう。

 

大愚和尚の記事*2には「善友」の反対「絶対につきあってはいけない4種類の人」について書かれている。

 

善友と悪友の見極め方については、友の「言葉ではなく、行為を見る」「言葉ではなく、成したことを見る」だという*3

 

避けるべき4種類の人とは、次のような人です。

 

①何でも取っていく人

自分が与える時は少なく、もらうは多く受け取ろうとする人。自分の利益の身を追求する人。

 

②言葉だけの人

行動が伴わず、口先だけの人。「あのときは、ああしてあげた」と過去のことを恩に着せて、友情を装う人。「今度、こうしてあげるから」と未来のことに関して友情を装う人。なすべきことが迫ってくると、「都合が悪い」と逃げる人。

 

③甘言を語る人

目の前ではお世辞を言い、裏では陰口をたたく人。うわべだけのうまい言葉を語って、中身がともなわない人。

 

④遊蕩ゆうとうの人

飲酒、麻薬、ギャンブルに溺れる人。

 

上記で私が最も耳が痛いのは2番目の「言葉だけの人」。

 

私は、言葉では彼氏に「あなたのこと大好き」というけど、行動はどうだろうか。

 

私は交際12年の間、彼に怒鳴ってばかりで、彼を無気力にし、浮気を繰り返し、精神的に追い込んだ。過去のことを恩に着せる言葉も言った。

 

私自身、自分のことが嫌になるほど、最低だ。

 

彼がこんな私をいまだに見捨てないでいてくれているのは、彼がそれほど情が深い「善友」なんだと思う。同時に私がそれほど、巧みに偽りの自分を演じてきた証拠でもあるのだろう。

 

彼は常に不安定な私に寄り添ってくれているが、そんな器の広い彼も限界に達してきているのは分かる。私の言動が伴わなかったため、彼に不信感を植え付け、彼を苦しめている。

 

私はこれからどんな人間になればいいか。

 

大愚和尚によると

付き合うべき4種類の人とは、次のような人です。

 

①助けてくれる人

元気がないときに守ってくれる人。正常な判断ができなくなったときに正しい行動に向かわせる人。

 

②苦しいときも楽しいときも一様である人

窮地に陥っているときに、見捨てない人。辛いときも一緒にいてくれる人。

 

③自分のためを思って話してくれる人

悪い道に入らないように忠告したり、大切な情報を教えてくれる人。

 

④同情してくれる人

上り調子のときには、一緒に喜んでくれる人。一方で、落ち目になったときに心配してくれる人。人から悪口を言われたときに、弁護してくれる人。*4

 

上記の中でも、2番について特に思うことがある。

 

私は長年「彼と付き合う資格がない」と思っている節があった。優しすぎる彼は私から離れないだろうから、私から離れた方がいいのではないのか。でも意志が弱い私は、浮気を利用して「強引に連れ去られた」ことにすれば、彼から離れられるかもしれないという考えが頭をよぎった事もある。

 

自分がもともと感じていた自己嫌悪感(近親姦被害者としての自分)や罪悪感(近親姦加害者としての自分)を、浮気をすることで、麻痺させようとした。男社会で男に許されたことをすることで、私のトラウマや罪悪感が正当化されるような錯覚に陥っていた。浮気も「男の特権」のように私の目に映った。しかし、それを実践する度に、彼への想いは強まる一方で、虚しさや自己嫌悪が増した。

 

浮気を繰り返してわかった。私が別れたかったのは、彼ではなく、自分だったというkとを。自分と別れるために、彼と別れなくてはならないと思い込んでいたが、それも私の甘えだった。

*1:

*2:

*3:

*4:

【8】Non-Violent Communication (NVC)

彼氏にLINEである提案をしたら、トゲを感じる返信を受け、拒否されたように感じ悲しかった。

私は応戦し、彼から返ってきた言葉に更に怒りを感じた。

このままでは、彼のことが大嫌いになりそう。

焦った私は、非暴力コミュニケーション(Non Violent Communication、以後NVC)またはCompassionate Communicationを復習するために、提唱者の亡きマーシャル・ローゼンバーグ氏(1934-2015)*1の動画*2を流し続け、自分の洗脳を試みた。

 

私の目的は、自分の意見を彼に強要してしまう暴力的な癖を直したい。

暴力は、私が幼児期から母親や父親から刷り込まれてきた習慣で、他の方法を知らなかったが、その方法を具体的に教えているのが、ローゼンバーク氏だ。

 

私はNVCを参考に、彼氏の気持ちを聞き出し、共感することに徹した。

そのうえで、自分の気持ちを聞いてほしいと伝えた。

結果、彼と1時間半ほど平和に通話することができた。

彼は私の状況についても聞いてくれた。

質問もしてくれた。

「浮気した時も正当化したの?」

はい、確かに。

通話では上手に説明できなかったと感じたので、ここで改めて整理してみる。

浮気をどのように正当化したか。

・自分があなたにふさわしくないと思ったから。

・自分が嫌いだから。

・自分が女であることが嫌いだから。

・幼児期から男尊女卑の概念の中で育ち息苦しさを感じていたから。

女は男と比べてできることが限られていた。

だから男に許されていることは女にも許されるべきだと思った。

女が男に尽くすのが当たり前という仕組みを不満に感じた。

女は男の性欲の吐口にされ、家事育児を強いられタダ働きを当然と思われる。

女として男から尽くしてもらえれば、自分を女として好きになれると思った。

私は今まで男社会の犠牲になってきたのだから、少しぐらい自由を手に入れたっていいじゃないかと思った。

 

「自分のことが好きだから正当化するんじゃないの?」

潜在意識レベルで「自分のことが好き」かどうかはわからないけど、少なくとも意識レベルで自分のことが好きではないと思う。

好きだったら、そもそも良心では「悪い」と思っていることをねじ伏せて「正当化」してまで実行に移し、更に自分を「罪悪感」や「自己嫌悪」で苦しめることはしないと思う。

自分のことが嫌いだからこそ、好きになるために(でも好きになる方法を知らないから)、あの手この手で、自分に欠落していたことをいろいろ試すことで自分を好きになろうと悪足掻きするんだと思う。

例えば、私は生まれてから「女だから」というだけで無闇に持てはやされ(変な期待をさせられ)、いざやりたいことが出てきた時には「女だから」という理由で頭ごなしに否定されたり「頭がおかしい」かのように人格を否定されきた。けど、こんな教育を受けていなかったら、私は自分を性別とは無関係に自分のことを受け入れられ好きにもなれただろうと想像する。

 

私の言動を縛るために「女であること」が唯一の判断基準になっていて、その「女なら普通」とされる枠から少しでも外れるようなことをすると「全否定」され「体罰」を受け、私らしく自由に生きられなかった。

 

その不満が私の中に溜まりに溜まっているから、反骨精神で、男には許されて女に許されていないことをしたくなるのだと思う。浮気は男の権利みたいなところがあるから、それを求めたけど、逆に浮気が女に求められるような社会だったら、私は浮気をしたいとは思わなかった。

 

女というだけで常に無力感を突きつけられているから、私は男には当然のように許されていることをすることで、自分にも力や自由があるんだという感覚を、錯覚でもいいから得たかった。そのためにきょうだいもいじめてきた。

 

あなたにキレるのも、あなたの言動から「一昔の男性のように男は家事を一切しなくてもいい」という男尊女卑的な教育の影響が垣間見えるからだと思う。

 

あなたは私が別の男と「暮らし」をしたいと思うことが裏切りだと言ったけど、「暮らし」には「家事」がとても大事であり、その家事は当然のように女に求められてきた。

 

あなたが「一年に一回帰ってくればいいよ」と自由にさせてくれるのはありがたいけど、あなたと暮らしていても私一人が全ての家事をしなきゃならない状況だったら、私がいない間は生活環境を清潔に保つという「暮らし」に必要な「家事」は継続されない。私は帰ってくるたびに呼吸困難になるし、「暮らし」を始めるにしても一年分の汚れを一気に一人で対処をしなくてはならないという悩みと、陽当りや騒音で身も心も休まらないという多大なストレスを感じていた。結局、帰ったら汚れていく一方の部屋が待っているとわかっていたから、どんなに素敵な場所に行ったとしても気持ちが落ち着くことがなかったんだと思う。

 

そんな状況から現実逃避したかったというのも浮気の理由の一つだったんだと思う。

 

コロナ禍で、いつでも快適な家に帰られるのだったら、帰って来やすかったかもしれないとも思う。同じくタイでのコロナ疎開していた知り合いが「やっぱり家が一番落ち着く」ってFacebookに投稿していたのを見て、「私にはそんな場所がないから暴力的な男といなくてはならないんだ」と思ったことを思い出す。

コロナ禍で、大都会の埃だらけの部屋で呼吸もできなかったら、帰ってこれたとしても身も心も休まらなかったと思うし、それならタイの田舎にいた方がいい、仕事もあるし、ということになった。あなたは私が男と一緒にいたかったからだと思い込んでいるかもしれないけれど、あいつが不機嫌になることを恐れて常に気を使っていたし、私としては、そんなに単純な話ではなかった。私があなたに連絡をとる度に男が不機嫌になっていて怖かったから、私は「話が違う」と思いつつ、精神衛生上と仕事にも支障がきたさいよう男の機嫌をとるために、例の躁的操作で無理に明るく振る舞ったりしていた。「あなたとの関係は大丈夫」と信じてやり過ごすしかなかった。あなたに三日間寝れなかったと言われた時も動揺したけど、悲しみを見せたら、また男から何か言われると思って、何も無いかのように明るく振る舞った。そうやってどんどん、自分の気持ちを押し殺して、感覚を麻痺させながら、男との関係が進んだ。

 

結局、私一人では「暮らし」の負担が大き過ぎると感じていたのに、そこに資源を潰ていなかったから、どんどんストレスが溜まっていった。日々のストレスが改善されないまま、二人の関係性が改善されるわけもなく、出口が見えない状況から現実逃避したいと思っていたから、浮気に走ったのだと思う。

 

浮気の貴方に責任をなすりつけているのではなく、私が常日頃感じていたストレスへの対処ができていなかったことが原因。お互い、苦手なことがあるのは仕方がないし、でもそれを認めた上で、対処の仕方は色々あるはず。

 

過去を振り返ってみて必要なことが見えてきた。

1. 試しに週1回(月1万円)、家政婦を雇って、清潔な生活環境に慣れてみる。

2. 清潔な生活環境を保つように、自分達も毎日、一箇所5分でも掃除(家事)をする。

3. 騒音がなく陽当りがいいなど最低限の環境に引っ越す。(常に一緒にいるのも良くないかもしれないから、将来的に2Kくらいのところが見つかるまで、基本は別々に暮らす?)

4. 私はあなたの気持ちを聞く。

5. 

 

 

 

 

1. What is alive in you?

2. What would make life more wonderful?

 

 Listen, be present

presence

empathy

compassion, joy at other people's joy

enjoy contributing to people's being

empathically connect with another person 

language of the heart

 

コンシャス・アンカップリング (Conscious Uncoupling)

 

 

*1:

*2:

【7】Incest in Japan: My Dad's Obscene Behaviors

For most of my life, I was in denial that my dad was a sick child molester, to say the least. He "groomed" me well and I played the role of "daddy's little girl" well into my adulthood. But as I have slowly but surely come to realize and accept that he did sexually violate me around the age of four*1, memories of his other obscenity that I've discounted keep surfacing. They seem to serve as evidence that my family was dysfunctional even before my first memory of my father's crime and that it was not just in my mind.

 

 

My Naked Baby Photos

When I was a child, I could never point a finger at why I felt so uncomfortable looking at the thick heavy hard-cover album that was dedicated to my early childhood. Almost all of the photos were taken by my father who also curated them.

 

The first few pages included images of me right after birth, me crawling or sitting up with an innocent blissful smile, and close-up shots of my private parts while I was getting my diapers changed. 

 

As a child looking at the photos, it was hard to believe that the blissful smiles once belonged to me. I understand now, that the images felt so foreign because, by that time, I had already been molested by my father. I was no longer innocent, and had deep confusion about happiness, even though I was in denial that it was just a nightmare. *2 

 

The close-up shots of my exposed lower part of the body made me feel even more uncomfortable. I didn't want those photos in the album; it was embarrassing to look at. But I couldn't express my feelings and thought that there must be something wrong with me that I felt that way. 

 

Now, taking photos of their own naked babies may be something normal parents do, but we are talking about my father here. He had heaps of porn magazines, videos, and other mediums; some hidden and some in plain sight, all over the house and beyond.

 

Porn Magazines, Not Well Hidden

 

I was four or five when I discovered his porn for the first time.

 

On the kitchen counter was a homemade cake with a whipped cream frosting and when my mother asked me sternly, "Did you stick your finger in it?" I lied for the first time in my life.

 

"I've never taught you to be a lier!" she yelled, slapped my face, and grounded me in a closet upstairs. I cried. It was dark inside and the door was unlocked but I was too afraid to come out. So I turned on the lights. On a shelf, I saw some images from beneath a cloth and found stacks of magazines with scantily-clad female figures with facial expressions that displayed excruciation. At that moment, my sobbing stopped, and I came to my senses.

So, dad gets away with these secret hobbies of his, and I get punished for lying, just as he did after molesting me? You couldn't protect me when I needed help the most, was gullible enough to be fooled by him*3, and now you assert the role of a responsible parent, with violence? You say you never taught me to be a liar, but your husband of choice did, and I saw it made you happy. 

 

This deep sense of distrust toward my mother struck me hard although I didn't even know all the words to describe it back then.

 

The whole incident confirmed my father's lie but it didn't encourage me to tell the truth to my mother especially now after seeing how she might react and how it might affect the family. It was also easier to hate on my mother instead because she had a short temper and gave us corporal punishment in the name of discipline. There was also the risk that she wouldn't believe me anyway. The distrust ran deep. 

 

As time went by, it was either that the father got more careless about where he left his pornography, or I became aware of them more as I grew up, or both.

 

He started leaving new editions of Japanese porn magazines on the floor under the toilet paper holder in the bathroom that everyone used. The bathroom was located between the master bedroom and the children's bedroom. This was the same bathroom I ran into to escape my father's molestation.

 

There were also heaps of porn magazines and sexually violent comic books inside the deep drawer of this work desk. One day, I noticed that the drawer was off the rail. I wondered if it got broken because he used it so often or if he broke it on purpose so that it was difficult to open, but the sight of it was ever so pitiful. 

 

Bootleg Porn Videos


My father used to make copies of videos to rent out to his customers at the convenience store he owned and operated. Most were Japanese TV programs but some were porn. My parents had a tower of multiple VHS recorders in their bedroom and my mother made labels with a word processor. I don't know if she had to make the labels for porn too but I was aware that my father highlighted the porn video labels with a pink marker to differentiate them from the rest and displayed them on the lower left shelf of his store. 

 

Penthouse Memorabilia in the Basement


There was a square, mirrored plate that leaned on a shelf in the dark damp basement boiler room. It had an image of only the breasts of a woman and capital letters that read "penthouse." I didn't need to know that it was some kind of memorabilia from the British porn magazine to get a strange feeling from its presence. I couldn't understand what purpose it was serving other than collecting dust. When I went down there, it was usually with my mother to hang our underwear for drying. I wondered what my mother thought of it, and couldn't understand why she didn't do anything about it.

 

Voyeurism


One summer, I was startled when my mother suddenly scolded my father, "Ugh! I can't believe you're peeping into your daughter's shirt!" My father looked away sheepishly. I was still an elementary student, maybe fifth or sixth grade, and don't think my breasts were forming yet but I immediately felt embarrassed. It felt weird that my father was looking at me in a way that even made my mother react so repulsively. 

 

The Candid Trip to a Pornography Bookstore

When I was a college student in my early to mid-twenties, I remember walking with my father in the Jimbocho area in Tokyo, which is known for various kinds of book stores. All of a sudden, without any warning, he led me inside an ascending elevator. When the door opened, he disappeared somewhere, and I found myself alone in the middle of a pornography bookstore. I just froze in confusion. Where did he go? Why are we here? What am I supposed to do? It wasn't that long before he came back, and he might have said that he needed to use the restroom or something like that, but I was too shocked to remember if he actually said anything. It was all just creepy descending on the elevator and I don't remember anything that happened afterward.

 

The only thing I sensed was that my father is a regular of that bookstore, doesn't think twice about taking his daughter to a place like that, and doesn't have the courtesy to give her an option to wait somewhere else. 

 

Invasive Visual Recording

I was thirty when I visited my parents in their new home in Hawaii. When I looked into my father's camera as he was showing me photos that he took, there was a close-up photo of my butt when I was swimming on the nearby beach. In Japanese, he said something to the effect of "oops," which indicates that he was aware that it was wrong. However, he didn't apologize to me directly and acted as if it was an accident. But it was a close-up shot, it was not an accident. I felt disgusted.  

 

SNS Request from a "Pornographic Novelist"

One day, I received a connection request on Linkedin from my father. His profile stated that he was a "Pornographic Novelist." It brought back memories when he had a clipboard of Japanese manuscript papers with erotic stories written on them, in plain sight. A glimpse of it was enough for me to know that it was erotic because it was mostly tilde or wave dashes, which he used to express panting and moaning. It was pathetic. 

 

I had already been blocking him on my Facebook account for contaminating my pages with his photos and comments. Perhaps he thought he found a new avenue to get in touch with me, but without any hesitation, I ignored his request. 

 

 

 

 

【7】Incest in Japan: How My Dad Molested Me at Four

In the middle of the night, while I was sleeping between my parents in their bedroom, I woke up to an uncomfortable feeling and found my father's hands inside my underwear, stroking my mons pubis.

 

It felt so uncomfortable but I gave my father the benefit of a doubt that he was half asleep and rolled over toward my mother in the hope to brush his hands away. However, when I did, he grabbed the back of my underwear—I was horrified. Was dad actually awake?

 

I couldn't bear the idea or the emotion that I got out of the bed as fast and as quietly as I could, hoping that I wouldn't wake "anybody" up, and ran for the bathroom. I flushed the toilet as if to pretend that I just woke up to urinate.

 

I don't remember what happened next but I must have returned to my bedroom, across from my parents,' that I shared with my brothers. 

 

Perhaps I could have dismissed it as "just a nightmare," but the following morning, my mother said to me in Japanese something to the effect of, "I heard dad was 'mego-mego*'-ing you? Good for you!" and she hugged me. I was so confused and dumbfounded.

 

*Apparently, "mego-mego" is a dialect word of Niigata prefecture that means "so adorable it can't be helped."*1 It was used as a mimetic word pertaining to touch, which I heard only my father use, so it was strange to hear it from my mother. 

 

This was just one of his obscene behaviors, which continued until I was in my thirties. 

 

*1:

【7】Incest in Japan: How I Became a Perpetrator

The who, what, where, when, how, and why I became an incest perpetrator. 

 

1. The First Offense

The first offense was when I was about four years old and my younger sibling was about two years old. He was sitting on our parent's bed without his underwear or pants on and I poked his genitals with my index finger. 

 

He giggled and I was surprised by his reaction. I repeated and he giggled again.

 

I was surprised by his reaction because it was completely different from mine when I was about four years old and my father molested me.*1

 

2. Vandalized His Genitals

I drew on my younger sibling's genitals with an oil-based marker.

 

I got the idea from a Japanese children's animation called Crayon Shin-chan*2. He let me do it freely the first time and I thought it was funny.

 

But when he ran away from me the second time I tried to do it, I thought he was a bad sport.

 

When the animation made its first appearance in 1990, I was seven and my sibling was five.

 

3. Trampled His Genitals

I grabbed my sibling's legs and trampled his genitals with my feet. This is called denki-anma and I learned about is from a Japanese comic book for kids. Unfortunately, it is a common form of roughhousing in Japan. 

 

4. Poked Fingers into Anus

I poked both of my fingers at the same time into my sibling's anus while he had his pants on. This is called kancho, meaning enema, and I learned about it from a Japanese comic book for kids. This is also a common form of roughhousing in Japan. 

 

5. Calling Him "Gay"

I called my sibling "gay" and said that he will become gay

 

【3】精神科医への手紙

○西先生、

 

先日は、自立支援医療の診断書を書いてくださり、ありがとうございました。

 

通院を継続したいのですが、治療費を払い出すと、生活費が減り、貯金がなくなった後はどのように生きていけばいいか分からず、不安になり、鬱が悪化して、なかなか出向けません。先生は、このように八方塞がりな私は今後、どうすればいいと思われますか?

 

ご参考までに近況報告をさせてください。

 

仕事への意欲:仕事を再開する目処がつけば......せめて生きる気力さえあれば、少しは気持ちに余裕を持てるようになるのかも知れないですが。生き延びるために自分の時間をこれ以上犠牲にしたいと思えないのです。子どもや弱者を犠牲にした上で成り立っているこんな社会の歯車になって、これ以上生きていかなきゃならないのかと思うと、力が入りません。

 

私は、10歳の頃から数年前までワーカホリックで、仕事に没頭することで辛い状況から意識を逸らすことができてました。当時は「大人と同じように働き一人前の人間として親に話を聞いてもらいたい」「親からいちいち反対されずに欲しいモノ・コトを手に入れたい」「永遠の家出をして親から離れたい」などという目標が原動力になっていました。でも、どんなに働いて経済的に自立しても、親からは一人の人間として扱われることはないし、欲しいもの・ことがなんだったか大昔に忘れてしまったし、親から離れても親からの呪詛から逃れられず親と同じような加害者になっていたし、希望が絶望へと変わっていきました。

 

人間関係:私が今一番、不安なのは、経済面のことの他、人間関係が上手くいかないことです。彼氏に会うたびにブチ切れてしまったり、友達や知人や過去の取引先からの連絡にどう返えしていいか分からずそのままにしストレスが募っていったり、他人から言われる心無い言葉や悪気のない言葉にさえ、モヤモヤし引きこもってしまいます。ここ一年はないですが、躁状態で元気が出てきてもその時に大きな人間トラブルになり、取り返しのつかないことになるので、最近は元気になることにも不安を抱き警戒しています。2、3年前に躁状態になって大きなトラブルになったことは今日にも影響を及ぼしていて、人と関わることがどれほどリスクの高いことかということを痛感しています。もちろん、害を加える人を引き寄せてしまう自分に問題があるのだということは解っています。だから、世界で一番怖いのは自分自身です。

 

東京都や区の電話相談に連日かけていた頃もありました。顔を合わせないけど30分ほどじっくり話を聞いてくれるので、それだけで、気持ちが落ち着かせられることもありました。でも、ある日、ある相談員から私の話を最後までまともに聞かずに「でも」「でも」と否定され、私の経済状況も知らずアドバイスをお願いしたわけでもないのに「精神病院に入院するしかないですね、申し訳ないですけど」と無責任なことを言われました。それからは電話相談にかけるのも恐ろしくなりました。

 

新居に引っ越してからも電話相談にかけていましたが、約1年ぶりに睡眠が取れるようになり、自分だけの部屋を持つことで、以前より頭の中がクリアになってきた部分もありました。最初の数ヶ月間は「生きているだけで幸せなのかも」と思える日がありました。私の気持ちが常に落ち着かなく「地に足がついていない」と言われていたのは、これまで落ち着ける場所に住んだことがなかったからだということがわかりました。

 

でも、月経前増悪(PME)を患っているため、幼児期からの持病である複雑性心的外傷後ストレス障がい(C-PTSD)が月経予定日の1~2週間前から悪化することは変わりません。私の月経周期は25日と短く、生理中は身体的な症状も併発するので、比較的調子が良くなるのは生理後のせいぜい1週間程度です。でもここ1ヶ月は、月経後もC-PTSDの症状が酷く、月経周期とは無関係に鬱症状が続いています(こういうことはよくあります)。朝になってもベッドから起きれず、夜までスマホやパソコンで動画を頭痛になるほど観て、一日中涙を流すのが精一杯です。食事は夕方に麺を茹でて食べるくらい。シャワーは1~2週間に1回(月一の時もあります)。

 

どんな動画を観ているかというと、LAにあるアメリカ最大規模のスラム街スキッド・ロウで暮らすホームレス、娼婦、売春斡旋のヒモ、麻薬の売人、ギャング達にインタビューするアメリカ人の写真家による数千本の動画です。約5000人が路上でテント暮らしなどしていて、機能不全家庭出身が圧倒的に多く、幼少期に親や保護者から性被害を受け、家や児童福祉施設や里親から逃げてきて、生き延びるために体を売ったり、売春を斡旋したりし、精神障害を癒すために麻薬漬けになり、最終的には金も命も奪われて捨てられます。毎日のように、強姦や殺人が起きているのに、警察は見て見ぬ振り、行政は本質的に手を差し伸べることなく、増え続ける人口が周辺の観光地に広がらないように、スキッド・ロウ地区に封じ込める区画整備をしています。私にはこれが最も嘘のない社会の縮図に見えてなりません。

 

動画を観ると気持ちが落ち込み、ますます動けなくなりますが、気が付いたら目が離せなくなっていました。多くの明るい雰囲気のドラマや映画や、邦画は特に演技がかって嘘っぽく見えてしまい、見ていられません。私が見ているインタビュー動画はドラマや映画では広告主が付かないほどハードな人生を送っている人たちによる実話です。私は彼らの話を聞くたび、自分が受けた虐待について「そういえばあんな虐待もあったな」と思い出したり、「こんな言動をする私は狂っているよな」と思っていたことを彼らが当然のように話したりします。彼らの話を聞いていると、まるで自分を見ているようで、自分が肯定されているようです。彼らの話を聞いていると自分は「狂っていないんじゃないか」と思えたりもします。幼児期から虐待を受け続けたら頭・精神が狂ってしまうのは「正常な反応だ」と思える。でも、いざ虐待を受けたことのない人と話をすると、明らかに自分は彼らと何かが違い「正常な反応であっても、それが染み付いて人格化してしまった自分はやっぱり異常だ」と思い直します。でも、そもそも自分が「自分」だということにずっと違和感がありました。狂っているのはあくまで「狂っている私」であり、「狂う前の本来の私」は虐待の時に死んだのか、記憶のどこか奥の方で行方不明になっているのか、「自分」が一体何者なのかわからなくなります。幼少期から「私」として別の誰かの人生を歩んでいる感覚があり、自分の名前を発することにも違和感があり、今でもそれは変わりません。解離性障害者は人格にそれぞれ名前がありますが、私の場合は「私」になりきろうとする人格や、他の人格に特別な名前は付いていませんが、番号を振って特定特定

 

私は今でこそ、狂ってしまいましたが、4歳までは無邪気なこどもでした。大人に汚されて、気が付いたら、自分も汚れた大人になっていました。私は彼氏から何回か「いつかあなたに殺されそう」と言われショックを受けています。動画に出てくる殺人鬼も、4歳の頃から家族から性的虐待などを受けて育って「愛情表現だからOKだ」と教わったと言い、殺人については「したくないけど止められない」と言っていました。私も自分が虐待を受けていたと認められるまで四半世紀以上かかり、自分が被害者だったと気づいた頃にはすでに加害者になっていて、今はどうしたらやめられるかわかりません。私の怒りの根源は、親からの虐待やそれを黙認する社会に対する憎悪だということは解っています。今は、被害者だった頃の辛さより、加害者になった今、愛する人に「いつか殺されそう」と恐怖を抱かせてしまうことが悲しい。言動のコントロールができない自分がただただ恐ろしい。

 

先日、8歳の息子を強姦した母親が4歳の時に父親から強姦されていたという内容のいインタビュー動画を見て共感している最中「そうだ、安楽死をしよう」と思い立ちました。人を傷つけることをやめられないなら、死のう。死んだら、もう人を傷つけられないし、そのことで自分も傷つかない。世界の人口は増える一方で、地球へ多大な負担をかけていることを考えても、自殺はエコで、メリットしかない。私一人が死んだところで大きな変化にはならないかもしれないけど、せめて身近な人の幸せを奪うことはしないで済む、と至って前向きな気持ちです。

 

いざ、死ぬ方法を決めたら、事前にやらなくてはならないことが鮮明になりました。未来のこどもたちが親や保護者などの大人から虐待され被害者・加害者にならず、自己肯定感が育まれる健全な家庭で育てる社会を創造するために、私ができることに取り掛かりました。近親姦の実態と結果を日本人に啓蒙するために、以前からやりたいと思っていたインタビュー動画を和訳する許可を得るために、動画製作者に連絡し、近親姦が合法な日本の悲惨な現状を英文で説明して共感して協力してもらう。

 

結局、安楽死の件は、彼氏を看取るまで一旦保留にすることにしました。それは私が2年前に危険な男に浮気したことで彼を傷つけたことに対して「一生かけて罪滅ぼしをする」と約束したからです。彼が死ぬ前に私が死んだら、私は彼を再び裏切ることになります。そういうわけで寿命は伸びてしまいましたが、死に支度として、こどもを親の性の吐口にさせないためにできることを続ける姿勢は変わりません。

 

私の苦しみは先祖の遺産。私が何の罪もない4歳の時から30代後半まで苦しみ続けているのは、私がそのDNAを受け継いでいる先祖が、子供が家庭で安全に育つためにやるべきことを怠ってきたからだと理解することにしました。私は先祖が代々放棄してきた責任(カルマ)を背負わされているのだと。先祖が犯してきた罪がそれほど重いから、4歳という若さから私は被害を受け続け、加害者にもなり、今も苦しんでいるのだと。未来の子供達が苦しまないために私ができることをすることでしか、先祖の罪滅ぼしができず、自分や未来の子供を救えないのだろうと頭では理解しています。こんな世の中で子供を産み育てることは、子供を生き地獄に放り込むことと等しいと思っているので、私は絶対に子供は作らないと昔から決めています。これから生まれてくる誰か他人の子供が、私のような経験をしなくてもいいように、自分の子供や孫やひ孫を想うような気持ちで、できることを死ぬまで続けます。

 

 

【3】近親姦大国日本:強姦魔の父「無罪」

 

父親が娘を強姦し続けた事件について、

「無罪判決」を下した名古屋地方裁判所岡崎支部*1

「有罪判決」を下した名古屋高裁

 

 

・なぜ、娘が13〜19歳の間、強姦され続けていたのに、

父親はその間に起きた2件の強姦についてのみ罪に問われていたのか???

 

・なぜ、そもそも被害者が抵抗したか否かが論点になっていて、

近親姦自体が罪に問われなかったのか???

 

・なぜ、娘は既に10年以上、父親からの虐待や

裁判所からのセカンドレイプを受け続け、

今後もその心の傷を負って生きなくてはならないのに、

最高裁に上訴し罪の意識もない父親は、

わずか禁錮10年の刑しか受けていないのか???

 

関連するほぼ全ての報道を読めば読むほど、謎が深まる一方だった。

 

その中で特に参考になった記事3選と本1冊は以下の通り。

 

事件に至る経緯や、娘が「抵抗しようと思えばできたはず」と判断した

鵜飼祐充(うかいひろみつ)裁判長の思考回路について書かれている

デイリー新潮の記事*2 

 

判決を比較する中村かさね氏のハフィントンポストの記事*3

 

日本における性犯罪の問題点と課題について書かれている

伊藤和子氏の著書『なぜ、それが無罪なのか⁉︎』*4

 

日本にはそもそも、自分の子供への性犯罪を罰する法律がなかった事実とその理由を、刑法の歴史から説明する後藤弘子氏のインタビュー記事。*5

 

これらの情報を元に、私は世界に向けて英文で記事を書いた。

日本の性犯罪に関する意識の低さ、その恥を晒すことで、

事態の深刻さを伝え、国境を超えた啓蒙活動をすることが狙いだ。*6

 

後藤氏はサイゾーウーマンの記事で、

実の娘に性交した父親は「許されない」と語っている。

それには同感だが、法律上では「合法」なのだ。

 

実際問題「自動虐待防止法」で守られているのはあくまで「18歳未満の子ども」。

娘は19歳だったため対象から外れていて、地裁では法律で守られなかった。

被害者が「実の娘だから」加害者が「実父だから」というシンプルな理由だけでは通らなかったのだ。

 

自分の子供が19歳という年齢に達している場合、加害者にとって抜け道ができている。

ということは、日本で近親姦は法律上、いまだに合法なのではないか。

 

調べてみると案の定、日本では近親姦が合法だった。*7

一方が18歳以下の場合は監護者わいせつ罪及び監護者性交等罪となる。禁固6ヶ月以上10年以下

 

なぜ、わざわざ「18歳以下」という年齢制限を設けたのか?

 

なぜ、禁固6ヶ月以上10年以下と、低いのか?なぜ終身刑や死刑ではないのか?被害者は一生、苦しむ羽目になったのに?性犯罪の再犯率は高いのに?

 

なぜ、この法律を考えた承認した人たちは「自分の子供が19歳になれば性行為をしてもいいだろう」という抜け道を作ったのだろうか?

 

その人たちも実は、自分の子供を犯した・犯したいという意識が根底にあり、万が一の時に護身できるためにそのような抜け道を意識的・無意識に作ったのではないか?と疑ってしまう。

 

少なくとも「性犯罪者を増産する仕組みを作った罪」として罰せることはできないのか?

 

強姦魔に無罪判決を下した裁判官・鵜飼祐充(うかいひろみつ)裁判長も、いまだにのうのうと名古屋地方裁判所岡崎支部で勤務中*8だが、なぜクビにならないのか???

 

名古屋地方裁判所岡崎支部は、恥を晒してまで、なぜこの男を雇い続けるのか?

関係者全員が共犯者に見えてならないのは、私だけだろうか?

 

みんな気が狂ってしまっているのか?

 

「はい、気が狂っているのです」と言われたら、同情せざるを得ない。

 

こんな世の中で生きてりゃ、気も狂うだろう。

 

狂ってないと思う方が重症だと思う。

 

私は少なくても「狂ってる」という自覚がある。

 

私が狂う前から、この世の中は狂気に満ちていた。

 

誕生してしばらくは無自覚だったが、まもなく狂気に巻き込まれた。

 

狂気に巻き込まれたら、自分も狂わないとやってけなくなるのは、正常な反応だと思う。

 

こんな世の中に、無邪気に子供は生まれてくるのだ。

 

だから、子どもが子どもを産む話や、子どもを育てられない人の話を聞く度に、私の信念は強くなる。私は断じて子供を産まない。

 

子ども一人産まなくても、地球の人口は増え続ける。

 

むしろ子供を産まない方が今時、エコだ。

 

私は虐待育ちで、自分が受けたことのない愛情を子供に与えて育てる自信が皆無だから、子どもは産まない。

 

でも産まないことで、子供の魂が無駄に傷つくのを未然に防いでいる。

 

子どもを作る方がいいか、産んだ方がいいか迷ってる人は、迷うくらいなら、作らない方がいいし、産まないほうがいいと思う。

 

中途半端な気持ちで、いたずらに子どもを作ったり産んだらしたら、子ども自分も不幸になる。

 

私は、子どもを作らない・産まないことで、先祖代々受け継がれた暴力と負の連鎖を断っている。

 

子供を産まなければ、子供がこの世の中で苦しむことを防げるから。

【24】Incest in Japan: Why it has Never been Illegal

Japan's current penal code was amended in 2017 for the first time in 110 years to stipulate stricter penalties against sex offenses. But there are still so many loopholes for perpetrators and do little to protect victims, it's appalling. In 2019, a father who constantly raped his daughter from when she was 13 to 19 was found "not guilty," and he was held accountable for only two counts of rape when he was sentenced to 10-years imprisonment in 2020.

 

In an effort to try and understand how this could be, I researched and was surprised to learn that Japan has never had an all-encompassing, clear-cut law against incest. 

 

There was once a crime called "shinzoku-soukan (incest between relatives)," which was punished under penal codes that were enacted between 1868 and 1873. In some cases, capital punishment was given, until it was abolished in 1880. The catch is, however, that the crime never really included offenses against one's own child*1.

 

Japanese penal codes are rooted in the laws of the Tang and Ming dynasties and therefore influenced by Confucianism. During the Meiji Period (1868-1912), which marked the end of feudalism and the beginning of "modernization" in Japan, there was a need to create a "Westernized" penal code.

 

The laws of France and Germany were referred to but incest was no longer considered a crime in France at the time. Drafts by the French legal scholar Gustave Emile Boissonade, which was influential in creating the criminal code, also did not include any provisions regarding incest. Boissonade argued that "authority's intervention in private affairs at home is not appropriate and should be disciplined by morals and religion instead."

 

Japanese officials agreed that it is better not to include such a disgraceful crime in the penal code—although the crime of having intercourse with a child who is 12 or under has not changed to this day since the Confucianistic Ritsuryo Period. Nonetheless, the crime of intercourse with children by parents was never pronounced*2.

 

In the feudalistic family system, the head of the house (in most cases the father) had strong authority, whereas women and children were considered to be "properties."

 

According to Hiroko Goto, the dean of the Chiba University Law School, "it was impossible for the Meiji government to enact a law that restricted the authority of the head, such as incest because it contradicted the mission to promote 'modernization' by giving the head of the house absolute authority."

 

The crime of "incest between relatives," which existed in an era when the patriarchal family system was even stronger than today, referred to intercourse with fertile women such as concubines, mothers-in-law, sisters of father, wives of descendants, wives of siblings, etc. To rape someone's "property" was not only problematic in moral terms and Confucian ethics but would make it difficult to determine the father of the child, which could lead to confusion in the family line.

 

That said, the family system could still be maintained even if a father impregnated his own child. In fact, in those times, it was more problematic to not have any children. In other words, it was more important to "protect the family system" than "punish incest with one's own children." To put it in more extreme terms, a sexual relationship between a parent and child was considered "not so bad" in that context*3

 

The newly established crimes of "intercourse by a guardian" and "indecency by a guardian" with a child who is 18 or under in the amended penal code of 2017 were long overdue but are still inadequate in protecting children. As in the case of the father-daughter incest case mentioned above, the daughter could not indict him on almost all of the counts aside from the only two when she was 19 because the revised criminal law does not apply to past cases*4.

 

Moreover, in Japan, the age of consent is set at 13 years old. Under the current criminal law, that means if the victim is 13 or older, the perpetrator is considered not guilty unless it can be proved that there was assault or intimidation to the point where resistance was impossible*5. The age of consent set at under 13 is lower compared to other economically developed countries and the high hurdles of criminal punishment for incest remain for older children.

 

【26】安楽死は、彼を看取るまで一旦保留

彼と電話ではなした。

最近、YouTubeでハマってるチャンネル「ソフト・ホワイト・アンダーベリー(Soft White Underbelly)」のこと。LAの中心地にあるアメリカ最大級のスラム街スキッドロウSkid Row)で暮らす人々などにインタビューする約2000本の動画。それを全て一人で行う超一流写真家マーク・レイタ(Mark Laita)の活動に感銘を受けている。私も未来の子供たちが、家族などから性的虐待を受けずに安心して成長できる社会を創造する目的を持って活動していることなどを伝えた。

 

話の中で私が「長生きはしなくてもいいと思ってるけど、生きてる間にやれることをやる」と言った。先日、安楽死をしようと閃いたのでそのような言葉がでた。すると意外にも彼は強く反応した。

 

「長生きしなくてもいいってどういうこと?」

 

言葉に詰まる私に彼は不満そうに続けた。

 

「『一生かけて罪を償う』って言っていたのに」

 

私は2年前、別の男と関係を持ち、彼を傷つけた。その罪を一生かけて償うと言っていた。

 

「それは約束する」

 

「じゃあなんでそんなこと言ったの?」彼は珍しく容赦ない。

 

「いやその、ダラダラと生きて建設的なことを後回しにしてしまうよりも、期限を決めてやることをやった方がいい、と思ったから」

 

「あなたの言葉には一貫性がない、一生かけて罪滅ぼしするって言っていたのに」

 

「それはつまり、死ぬまで連れ添ってもいいってこと?」と聞いた。

 

「死ぬまでならね」

 

彼らしい言葉に私は思わず笑ってしまった。

 

「死ぬまで?死んだ後は?」

 

「それは嫌だ」

 

私は笑いが止まらなかった。

 

私はどんなに頑張っても彼を苦しめることしかできないと思っていたから、こんな自分は早く死んだ方がいいと思っていた。なのに、その私を必要と思ってくれていたと知れて嬉しかった。彼曰く「頼み事があるかもしれないじゃん。だから身内には自分が死ぬまで生きて欲しい」と。

 

スキッドロウで暮らす約5000人の人々には、頼れる家族や友達がいない人がほとんど。独りで生きて行くしかない彼らは、スキッドロウに辿り着き、あるいはそこで育つ。幼少期から身内からの性的虐待やネグレクトを経験している人が圧倒的に多い。頼れるものが何もない中、少女は自分の身体を売って生き延びる。群がる大人たちの中にはヒモ、ヤクの売人やギャングが多く、彼らもまた複雑な家庭環境で育っている。

 

私はそんな彼らに共感する。私も似たようなものだけど、私には彼氏がいる。彼も幼少期から父親から虐待を受け、何度も死にそうになっている。でも彼は暴力を振るわない、とても優しい人だ。そんな彼が私を必要としてくれている。そんな彼から遠回しに一生連れ添ってほしいと言われた。これは、幸せなことだ。私は彼を見届ける覚悟を決めた。

 

 

【24】Incest in Japan: Rapist Father Found "Not Guilty"

Japan's sex crime law was revised in 2017 for the first time in 110 years*1. And yet it is still full of loopholes for the perpetrators and is continuing to torment victims. 

 

 

Father Who Raped His Teenage Daughter Found "Not Guilty"

 

A father who constantly raped his daughter from when she was 13 to 19-years-old, was found not guilty at a district court in Aichi prefecture on March 26, 2019. 

 

Under Japanese criminal law, indicting sex offenders has a high hurdle because if the victim is 13 or older, the perpetrator cannot be punished for committing rape as long as there was no violence or threats involved as well. Thus, the father was indicted on charges of "quasi-forced intercourse*2," which refers to cases in which the victim is too incapacitated to put up resistance, either by drugs, alcohol or due to psychological factors*3. The persecutors argued that the daughter's will to resist diminished during the two counts of rape when she was 19 because of his long history of violence and sexual abuse.

 

The father was indicted for only two counts of rape at his workplace and at a hotel in August and September 2017. He was not charged for prior abuse, which started when the daughter was an elementary student. He beat and kicked her repeatedly but her mother would merely tell him to stop when it escalated, but mostly just watched silently and even took his side. The daughter didn't consult her mother about her father's sexual abuse because she couldn't trust her*4.

 

When the daughter was a junior high school student, the father started to molest her and perform oral sex on her when she was in bed. From that winter, he started raping her. Until she graduated high school, she was violated once or twice a week. It increased to three to four times a week before she entered vocational school in 2016 *5.

 

The daughter eventually told her younger brothers, and they helped by sleeping in the same room with her, from autumn to winter of 2016. The abuse ceased during this short period but when the brothers started sleeping in other rooms the following year, the father resumed raping her in her bedroom and the frequency increased even more*6

 

The penal code that was revised in 2017 established new crimes against children under the age of 18: "intercourse by a guardian" and "indecency by a guardian." However, by this time, the daughter was already 19. She could not indict him on any of these other counts because the criminal law does not apply to past cases*7.

 

The judge acknowledged that the daughter had not consented to sexual activities, and was under psychological control after being sexually abused since 13 years old. However, in Japan, the age of consent is set at 13, and charging the perpetrator for intercourse with a child over 13 requires proof of violent action or threats*8.   

 

Within several weeks before the rape on August 12, 2017, the father physically abused her. He started molesting the daughter while she was asleep, and when she brushed his hands away or tried to pull her pants back up when he tried to strip her, he punched her temple several times, kicked her thighs, and calves, and stomped on her back. Huge bruises formed on her legs*9. The father did not rape the daughter right then. Instead, he spoke in her ear, "You just use up money and don't do anything," and left the room*10

 

The court recognized that the father's control over the daughter was stronger than ever because he had lent her a large amount of money for tuition and asked her to pay it back along with living expenses. 

 

However, the main focus of the trial was whether the daughter was able to resist her father. It was focused on the fact that the daughter got into the father's car to be taken to his workplace and the hotel, despite her friend's attempt to dissuade her, and the fact that she undressed in front of him*11.

 

A psychiatrist who examined the daughter for three days provided expert witness and stated that her diminished will to resist was because she was under "learned helplessness" due to years of sexual abuse*12

 

Presiding judge Hiromitsu Ukai*13, recognized that the daughter didn't consent to intercourse but ruled that "reasonable doubt remained about certifying her as being in a state of 'not being able to put up any resistance*14 because "her personality was not under complete control of her father." Not seeing the wood for the trees, Ukai decided that the daughter could have refused if she wanted to but didn't, and therefore ruled that the crime of "quasi-forced sexual intercourse" can't be established against the father on the two counts of rape.

 

Prosecutors appealed the court's decision.  

 

 

Reversed Ruling of the Higher Court 

The Nagoya Higher Court scrapped the lower court ruling that acquitted him approximately a year ago, on March 12, 2020. The 50-year old father was sentenced to 10 years imprisonment for quasi-forced intercourse*15.

 

The higher court recognized that the daughter's passive response to the father was based on her state of no longer being able to resist his advances. The father took advantage of her state and habitually used her as an outlet for his sexual gratification. The daughter's psychological distress is extreme and serious, exacerbated by the fact that the perpetrator was her own father*16.

 

Presiding Judge Mitsuru Horiuchi criticized how the ruling of the lower court required "the complete control of personality," which is a stricter scope to establish the crime than the "inability to resist," which was initially set in the ruling. No mention was made of the reason for changing the scope either.*17.

 

The daughter commented "When at first the verdict was "not guilty", I broke down. I couldn't go to work. After seeing the higher court's decision today, I could finally feel a bit at ease. Last year, we saw that several men were acquitted of sex crimes across the nation, and the #MeToo movement and the flower demonstration spread in response. When hearing about them, I can feel that the lawsuit was meaningful. Speaking out about sexual victimization is not easy but, as some did, others were able to say 'Me too.'"))

 

The father appealed the decision to the Supreme Court two days after the verdict but was rejected on November 4th*18

My Opinion

By the time the trials finally ended in 2020, the daughter had to have been at least 22 or 23 years old. That means she's already suffered for more than 10 years including abuse by her father and second rape by the district judge, and she has to live with the scar for the rest of her life. It's mindboggling how short the 10-year sentence the father received and how Ukai, the judge, is still at the same branch of the Nagoya District Court. 

 

What's even more disturbing is the fact that he had the audacity to appeal to Supreme Court. This is proof that he doesn't feel remorse. It is a known fact that most sex offenders repeat their crimes over and over again. And to let them get out of jail at all is a horrendous idea. I hate to say this but considering the facts, child molesters and incest perpetrators should get life sentences. If the prison gets overfilled with them, they should get executed to make room. Not on an execution chair but pain-free euthanasia will suffice. Their lives will not be wasted but will serve as examples, so people think twice before following their paths. Instead of wasting taxpayers' money to let them live on, we need to spend it on improving sex education, training therapists who don't just resort to prescribing drugs but simply listen to their patients, and other means to give hope to children, who are our future.

 

I understand most sex offenders were sexually victimized at a young age but saving innocent children is more promising for the future, than trying to fix damaged adults who have been programmed to hurt. 

 

Keywords:

Quasi-Forced Sexual Intercourse 準強制性交罪

Learned Helplessness  学習性無力

 

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