『きんしんかん:性加害のニワトリとたまご』

ある本がきっかけで、逃げるように東京に移住した日系アメリカ人の斎氣心。初めて心を開ける人に出逢うも、彼にDVをしてしまう。確執が長年ある母親のような自分に絶望した。原因は、母の「躾(暴力)」と女性ホルモンだと考え、低容量ピルYAZを服用したが、副作用で臨死した。古今東西の代替医療による精神治療を試行錯誤する中、幼児期に父親から受け始めた猥褻を自覚する。それでも問題が雪だるま化するため、両親に虐待の事実を問いただした。しかし己の被害を自他に明示できた瞬間、自分もきょうだいに性的加害をしていた記憶が蘇り...

【16】『30代いいオンナへの道』

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益田ミリさんのエッセイ『30代いいオンナへの道』を読み始めた。

 

まるで「お姉ちゃん」とガールズトークをしているみたいで、私は癒される。

 

私が育った家庭では、私が「お姉ちゃん」だったので、私にも「お姉ちゃん」がいればいいのに......とずーと思っていた。

 

怖いお母さんから守ってくれるお姉ちゃん。お父さんからされたことについて「キモくない?」と確認できるお姉ちゃん。一緒に遊んでくれるお姉ちゃん。

 

しかし、私にお姉ちゃんがいたら、幼児期から父親の性加害を受けていただろうから、どの道「いいオンナ」についてなんて語り合える仲にはならなかっただろうな、と思い直した。

 

私のお姉ちゃんは、一見明るそうでも本当は鬱で、歳を重ねるほど自暴自棄が悪化して、人間不信から仲良くしてくれなれなかっただろうな。

 

私にとっての「お姉ちゃん」はファンタジーの世界の住人だ。

 

私にとってはファンタジーだけど、それでも益田さんの本は「日常的なあるある」で溢れていて、なんとなく落ち着けることが多い。

 

同時に「やっぱり、私が育った家庭は異常だったんだな」と改めて思わされる。

 

例えば、益田さんは「暴力男は許せない!」とキッパリと言い放つ。

「『暴力は振るうけど、いいとこもあるし......」殴られているくせに、かばったりしているケースもある。わからない。私にはあの思考回路が永遠に理解できないだろう。」p.26

 

わからなくていいんです!それが正解!理解できてはダメです!と、私は思った。

 

私は「愛情」「躾」という名の性的・身体的・精神的暴力を幼児期から受けてきたから、人から酷いことをされても頭の中でその人たちを正当化してしまうことが多い。しかも親の正当化を理解しようする余り、許そうとするあまり、親と同じ暴力を振るってしまっている。

 

しかし、私の家庭が異常で良かった。異常があるってことはその反対の「正常」な家庭があるってことだ。

 

正常な家庭では、親が子を虐待しないんだろう。

 

ドラマとかで表現される仲良し家族をみる度に、嘘っぽくて観てられないんだけど、きっとそういう家族もいるんだろう。それを正常というんだろう。それが主流で大多数なら良かった。うちみたいな家族が大半だったら絶望的だもの。

 

私には想像しかできないファンタジーの世界を垣間見ることで、生き延びることへの絶望を紛らわすことができるかもしれない。